第24話 リー視点

イデヤに夜会のことを聞こうかと思ったが、どうしても聞けなかった。

もし夜会が関係ないとすると。

夜会は関係なく、イデヤの態度がおかしいとすると。


他に好きな人ができた?だから私に触れたくないのか。

そう考えて尋ねてみたが、イデヤは苦しそうに「そんなことはない」と答えるばかり。


では。

記憶が戻った?神殿騎士団が術を使って消したという、イデヤの『大事なひと』の記憶。


それは尋ねることができなかった。

できるわけがない。

消えていた記憶が戻り、葛藤しているのか。

元の世界に帰りたいと願っているのか。

私とイデヤの世界はどうなってしまうんだ。



仕事が忙しいと言い訳をして帰宅時間を遅くした。

ひとりでの食事は味気なかったが、今のイデヤと一緒に食事をとるよりはマシだった。


イデヤも私を避けているようで、使用人に話を聞くと帰りが遅く食事を済ませたら自室に引っ込んでいるらしい。


明らかにすれ違っているが、兄上へは「問題なし」と報告した。

少なくともイデヤは屋敷で生活している。どこかに行こうとしてる雰囲気ではない。


たまにイデヤと顔を合わせても、私は今までどう接していただろうかと分からなくなった。

何も考える必要はない。演じればいいんだ。『イデヤにとって理想的なリー』を。

でも。それは誰だ、どこにいる?



イデヤへの接し方も分からず、イデヤが何を考えているのかも分からず。

気晴らしのため、結婚してから初めて娼婦を呼んだ。


「お久しぶりですね。お招きいただいて光栄ですが、よろしいのですか?」


口が堅く教養もある彼女は、以前は贔屓にしていたものだ。


「構わない」


イデヤは今日も帰りが遅い。見られることもないだろう。

それに、私がイデヤを放っていても何も言ってこないし、イデヤも私を放っている。


「結婚相手とはうまくいってないのですか?」


「君には関係ないだろう」


うまくいくとか、うまくいかないとか。

考えないといけないことなど、少し前までは無かった。

何も考えなくてもよかったんだ。それなのに、どうしてこうなった。


「お相手とぶつかることも、時には必要ですわ」


ぶつかる?

ぶつかれば、イデヤは考えていることを教えてくれるだろうか。

夜会で話を聞いてしまったとか、他に好きな人ができたとか、記憶が戻ったとか。

ぶつかれば、どうして態度が変わったのか分かるだろうか。


部屋に彼女がいるのも構わず、私は両手で顔を覆った。


イデヤ。


私たちのふたりの世界。

誰にも入ってきてほしくない。

そう思うのは、きっと。これが。人を愛するということか。


認めたくなかった。

任務対象だから。好きになるように仕向けたから。一生騙そうとしていたから。

それを知られたくない。


どのくらいそうしていただろうか。

彼女は何も言わずに静かに黙って座っていた。


「せっかく来てもらったが、今夜は帰ってもらおうか」


気晴らしになるかと思い呼んだが、イデヤ以外の誰にも触れたくないし触れられたくなかった。


彼女が部屋を出ようとドアを開けたが、そこで立ち止まった。

なんだと思っていると。

そこにイデヤがいた。

娼婦を呼んだことを軽蔑される前に、開き直る。

イデヤが何を考えているか思いめぐらす余裕もなく、私はとっさに酷い言葉を発した。

「イデヤも交ざりたかった?」などと、ありえない言葉だ。

そう気付いたのは、イデヤの顔色が変わって立ち去った後。


「ぶつかるって、そういうことではありませんよ」


彼女は溜め息を残し、帰って行った。

言われずとも、分かっている。

軽蔑されるのを恐れ、イデヤを傷つけた。



ますます溝ができ、仕事は仕事で問題が起こり。

辺境地へ王都から何人か派遣すると決まったとき、私は真っ先に手を挙げた。

王都にいるのは、イデヤと一緒に暮らすのは苦しかった。

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