第23話 リー視点
「そろそろ旦那を紹介してくれよ。もう三年も経つだろ」
執務室に従兄がやってきたかと思えば、いつもと同じ軽口。
この三年、何度もイデヤを紹介してほしいと頼まれたが、私はいつも断っていた。
「断る」
スパッと切り捨てたが従兄は気を悪くした様子もなく、ポケットから手紙を差し出した。
それは夜会の招待状。
「結婚して以来、遊ばず、その特別な任務以外の仕事も順調、王からの覚えもめでたい。
お前の旦那に要因があるんじゃないか?ぜひ『夫婦』で夜会に出席してほしい」
「残念だが、結婚する前から私は有能で兄上から信頼されている」
「夜会に来てくれないなら、遊びに行こうかな。
さすがにお前の屋敷の使用人も僕を追い返したりできないだろうし」
私がいないときに屋敷に来られるとややこしいことになる。
イデヤは何の警戒心もなく従兄に接するだろう。
差し出された招待状を嫌々ながら受けとると、従兄はニヤニヤと笑った。
「もしかしたら僕が結婚してたかもしれない相手だからね。興味あるな」
「任務の邪魔をするようなことは言うな」
「任務、ね。分かってるよ」
ひらひらと手を振り、従兄は退室をした。
イデヤはダンスの練習も続けている。マナーも問題ない。
たまにふたりで踊って、上手に踊れたねと褒めればイデヤは喜んで…。
「ああ、もう」
私とイデヤの世界に入って来ようとする人間は嫌いだ。
誰も入って来なければ、任務のことを深く考えなくて済む。
ただイデヤと毎日過ごすだけで、何も考えなくて済むのに。
夜会当日。
従兄はイデヤを値踏みするような目で見たが、イデヤは気にしていないようだった。
余計なことも言わず、一安心。
任務のことは、イデヤに気付かれない。
従兄が話があるというので、会場を抜け出して落ち合った。
「まったく、お前もよくやるよ、さすが王弟殿下」
「うるさいな」
客観的に見て、イデヤは私のことが好きでたまらない様子だと従兄は言った。
当たり前だ。
この三年、イデヤに気を遣い、誘惑し、楽しませてきたのだ。
ニヤニヤしている従兄にこれ以上話をしたくなくて、冷たくこの話を切り上げる。
わざわざ会場を抜けたのは、そんな話をするからではない。
隣国との国境近くの辺境地。
そこの領主が私腹を肥やしているらしいが、なかなか尻尾を出さない。
今日の夜会に事情を知ってる者も呼んだというので、急遽従兄が話を聞くという。
従兄は軽薄そうに見えるが、能力はある。
任せても大丈夫だろう。
話が終わって会場に戻ると、イデヤはぐったりと椅子に腰かけていた。
慣れない場所だから疲れたと言うイデヤ。
背中をさするとイデヤは力なく笑った。
夜会になんか参加させなければよかった。疲れさせるようなことは避けるべきだった。
そう思うのは、イデヤが任務の対象だから。ただ、それだけ。
夜会のあと数日間、イデヤは具合が悪そうにしていた。
悪い病気でももらってきてしまったのかと心配したが、どうも違った。
「イデヤ」
私が触れると、イデヤはビクッと肩を震わせるようになった。
イデヤからの夜の誘いもなくなったし、私が誘っても前のようにもじもじしない。
オドオドするようになった。
おかしい。
思い当たるのは、従兄のこと。何かいらぬことをイデヤに言ったのではと思い、問い詰めた。
「ねえ、イデヤに余計なこと言ってないよね?
この結婚は任務だなんて」
「言うわけないだろ。王が『異世界からの使者』を保護してるっていうのに」
信じられない。
イデヤの様子が変わったのは、夜会のあと、もしくはその数日後。
「聞いちゃったんじゃない?僕たちの会話」
会場を抜けて、従兄と話をした。
任務だ、役目だと。
あれを聞かれた?そんなまさか。イデヤは会場にいたはずだ。
でももし聞かれていたとしたら…。
イデヤは騙されたと思っているかもしれない。
血の気が引いた。
任務だとバレたら。
バレたら?
兄上に失望される。いや、そんなのはどうでもいい。
私とイデヤの世界。
任務だと知れたら、世界は壊れてしまう。
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