第21話 リー視点
イデヤと『夫婦』となってから二か月ほど経ったある日。
私の執務室に従兄が訪れた。
いつもは部下が資料や報告書を持ってくるのに珍しいこともあるものだと、なんとなくうさん臭さを感じていたら。
「どう?王からの任務は?順調?」
地方の税収に関する報告書を手渡しながら、従兄は興味津々とばかりに尋ねた。
それに私の眉はピクリと動く。
「誰に聞いたの?任務のこと」
『異世界からの使者』を利用されないように、最低限の人間しかイデヤのことは知らないはずだ。
さらに言うと、私の任務を知っているのは王である兄上と私だけかと思っていたが。
「リーの前に僕にその話があったんだよ。
でも断った。さすがに一生かけるのはしんどいし、おとぎ話も信じてないし」
「なんだ。そういうことか」
「で、順調なのかって」
適当に返事をすればいいのだと分かっていたけど、なんだか腹が立った。
「任務を受けなかったヤツに報告する義務はないね」
冷たくあしらうと、従兄は肩をすくめて退室した。
そうか、私は二番手だったのか。心の中にもやがかかる。
面倒な任務だと思っていた。しかし、一緒に暮らし始めて二か月ほど経ち、今はその認識を改めた。
まず、イデヤが働こうと考えていたこと。国からの支援でのんびり自由に暮らす心づもりなのだと思っていたが、そうではなかった。
アカデミーの入学を勧めれば恐縮した様子だったが喜んでいたし、入学までの期間に教材や参考図書を取り寄せて予習もしていた。
一緒に街に出掛けると人々からの視線を集めた。
「リーがきれいだからみんな見てるね」なんて言って、嬉しそうにしていた。
もやが消えないまま、明日はアカデミーの入学式を迎える。
イデヤは私に友人という気持ち以外で、好意を抱いているだろうか。
ちょっと試してみようと思った。
「性欲を持て余したときは口の堅い高級娼婦を呼ぶから」
そう話をすると、イデヤは目に見えて肩を落とした。
ショックだ悲しい、と、言葉にしなくても分かるような態度に、私の心の中のもやはすっと消えた。
もやの正体、それが何なのかは深く考えなかった。
考えないようにしていた。
夫婦として外出するときは腕を組んだ。
今まで何度も他の誰かと腕を組んだことはある。
ただ。腕を組むとあたたかい気持ちになるのは。
私が囁くとイデヤが顔を赤くさせ、それを見るとおもしろいと思ってしまうのは。
「アカデミーは女の子が多くてびっくりした」と、女性の話題を出すイデヤに苛立ちを覚えるのは。
アカデミーの教授からイデヤが熱心に励んでいるという報告を聞き、誇らしい気持ちになるのは。
イデヤの帰りが遅い日、何をしていたんだろうと気にかかるのは。
課題のために街に出ると言うから、ついていきたくなるのは。
なぜだろうと思うひとつひとつの出来事。
それらの原因を突き詰めることはせず、イデヤがこちらを意識していることをいいことに次の段階に移ることにした。
『役目としての夫婦』から、『本当の夫婦』へ。
そうイデヤに思い込ませる段階だ。
昔の建築物の資料を見たいというイデヤの言葉をキッカケに私室へ誘うと、イデヤの顔が真っ赤になった。
イデヤは自分で気付いてるのかどうなのか、顔の緩みを抑えようとして我慢してるような表情。
もう充分、私に好意を抱いている。それは確信した。
イデヤが見たいと言った本を本棚から出し、ページをめくる。
さて、イデヤは雰囲気に流されるものだろうか。
今までは全く私に対して性的に触れるようなことは無かったから、性的なことに免疫がないのかもしれない。それとも、理性で欲望を抑えているのか。
ワザと近づき、息がかかるくらいの距離でページをめくる。
すると。
イデヤは思いのほか積極的だった。
キスをしたあと申し訳なさそうにしていたが、私が裸を見せて「触ってもいいよ」と言うと、すっかり理性を失ってしまった。
忘れてるとはいえ、異世界では経験があったのだろう。
また少し心にもやがかかったが、気にせずにイデヤに身を任せることにした。
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