第20話 リー視点

「『異世界からの使者』ですか?」


人払いされた兄上の執務室。そこで言い渡された任務。


「神の座の近くで熱を出して倒れていたらしい。

今は神殿騎士団に保護されている。リー、ぜひお前に頼みたい」


要約すると、『異世界からの使者』が気分良く自主的にこの国にいるようにしろ、と。

金銭で釣ればいいかもしれないが、それよりも、この国から離れられないようにするには。

それは心だ、と。


王である兄上からの勅命に、私は諾と頷いた。


しかし、執務室から出たあとに溜め息を吐いた。

つまり私に色仕掛けをしろということか。しかも、一生。

溜め息をもうひとつこぼしたところで、『異世界からの使者』の情報を聞くのをすっかり忘れていたことに気付く。

性別も年齢も、どのような性格なのかも。

一生騙さないといけないのだから、せめて扱いやすい人物がいい。



神殿騎士団の責任者を私の執務室に呼び出すと、日を経ずしてやってきた。


兄上から話が通っているようで、責任者は挨拶もそこそこに現状を報告した。

『異世界からの使者』は、今のところ神殿騎士団で問題も起こさずにいる。

この世界のことを学ぼうと素直な姿勢でいる、と。


そして。


「使者殿の記憶はうまく消すことができましたので、ご安心ください」


「記憶を消した?」


「はい。故郷を思い出して懐かしむと面倒ですので。

一番大切な人を忘れるように術をかけました」


兄上の指示か。

そこまでするとは、兄上は『異世界からの使者』と、それにまつわる話を信じているのだな。

『異世界からの使者』がこの国を愛すると、土地は豊かになり争いも起きなくなる。

しょせんおとぎ話なのにそこまでするのかと軽口を叩くことはできないが、正直どうでもよかった。

記憶を消されて不憫だ可哀想だなどと思うこともなく、やりやすくなったと思うくらいだった。


そして、イデヤと初めて会った。

王族を代表して挨拶にきた、というていでの訪問。


中流階級出身らしく、丁寧な言葉遣いに苦労し、王弟である私と接するのに緊張していたようだが、悪い印象は持たなかった。

それに、私の容姿に見とれていたので、簡単に落とせそうだなとも思った。


週に何度か神殿騎士団を訪れる。

友人として部屋でお茶を飲みながら話をしたり、庭に出て散歩をしたり。

イデヤはこの世界に馴染もうとしているようだった。

それに好印象を抱く。

家庭教師について学び、街の散策にも出たことも話をしてくれた。


「殿下へおみやげを買ってあるんです」


そう言って私にくれたのは、水色の灯り石だった。

色のついた灯り石は安物で、町では子どもが集めて遊んだりしているらしい。

そんな灯り石をおみやげにするとは、私の常識では考えにくい選択だが。

いい物を見つけたと言わんばかりにイデヤはニコニコしていたので、余計なことは言わずに受け取ることにした。


友人としてまずまずの関係を築けたと判断し、話を切り出した。


あくまでも立場上、仕方なくの結婚だと話した。

それは事実。

ただ、少し物憂げな雰囲気で「王弟だから政略結婚も仕方ない」ということを話してみた。

すると、自由がきかない私の立場を思ってか、イデヤはあっさりと結婚することに同意した。

お人好しだなと内心笑う。

このあと、一緒に暮らすなかで徐々に私を好きになるよう仕向ければいい。

そう難しくもないだろう。


神殿騎士団による術も効いているようで、恋人や大事な人の存在は思い出せないようだった。

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