第19話
「ぶえっくしょん!」
クシャミと共に目覚め。
昨日の雨とはうってかわって、今朝はスッキリと晴れていた。
朝日を浴びて冷静になる。
リーには会いたいけど、父ちゃん母ちゃんや立花を心配させたり悲しませる手段を取るべきではない。
俺はバカかな。バカだな。大馬鹿者だな。
鼻はぐずぐずするけど、熱っぽくもないので大学へ行けそうだ。
その前にシャワーを浴びないと。濡れたままで寝てしまったからシーツも洗濯しないと。
今日の講義は午後からなので、時間は余裕。よっしゃ、掃除機もかけよう。
シーツをひっぺがして洗濯機に放り込んで、ふと思う。
前、自分でシーツを洗ったのはいつだったか。
立花がたまに換えてるのは知ってた。
じゃばじゃばごうんごうん。
洗濯機から聞こえるその音を、なんとなく聞き続けてしまった。
結局思ってたほどの家事もできず、のろのろと大学へ。
教室には友人たちはいたが、立花はまだ来てなかった。珍しい。
「べくしゅん!」
席に着くなりでっかいクシャミ。
「大丈夫か?」
「へーき」
ティッシュ出して鼻をかむ。
そんな様子に、友人はニヤニヤ笑い。
「またタチバナに心配されるぞ」
冷やかしに罪悪感をつつかれたかと思ったらば、別の友人がそのセリフにのっかった。
「入院してからますます心配性に拍車がかかったよな」
「付き合う前から過保護だったもんな」
呆れると言わんばかりに好き勝手に言い、さらに。
「心配しすぎて逆に意識不明になったんじゃね?
『いつか何か起こるぞ』っていうタチバナの強迫観念が、念となって井出矢を攻撃したんだよ」
「なんだそりゃ、マンガかよ」
はははと笑う友人たち。
俺は全く笑えないし、血圧が上がるってこんな感じかと頭がカーッと熱い。
立花は確かに世話焼きで過保護で心配性だ。だけど。
「やめろよ。冗談でもそういうのは」
シーン。
俺の静かな怒りは友人だけでなく周りにいた学生にも伝わったようで、俺の周囲は静まり返った。
そして俺は、俺自身が許せなかった。
立花はいつだって俺を心配して、面倒見て。
入院中は何度も足を運んでくれて。
わざと熱を出そうとした自分が改めて情けなく、恥ずかしい。
立花とリーを比べていた自分がみっともない。
「悪い。帰るわ」
カバンを掴んで席を立つ。友人たちへの怒りもあるけど、それ以上に自分への苛立ちが大きくてとてもじゃないけど講義を受ける気になれなかった。
立花はまだ来てない、どこにいるんだろう。そう思ってドアに視線を向けると、そこに立花が突っ立っていた。
全部聞いてたんだなって分かる反応。笑おうとして、泣きそうな顔してた。
「立花、今日は帰ろう」
立花にサボりを強要してしまったが、きっとこれは今日のよい選択だ。
すたすた。講義が始まって静かになった構内を並んで歩く。
「真理、あの、ありがとう」
「ううん。俺こそ、ごめん」
今日の天気のように、俺の目も頭もすっきり。
リーはどこかにいるかもしれない。夢でも幻でもないかもしれない。
だけど俺の目の前にいるのは立花なんだ。
リーのことは、思い出なんだ。
立花を大事にする。そうだろ、俺。
大学を出てアパートへの道を逸れて歩く。
すると、立花は不思議そうに尋ねた。
「家に帰るんじゃないの?」
「たまには立花の家に行きたいな。大学から近いからって、俺の家にばっかり来てもらってた」
「真理の家は、居心地がいいからだよ」
にこっと笑う立花。
かわいい。きらきら光っている。入学式の時に見た、あのオーラ。久しく忘れていた。
「朝、シーツ洗濯したんだ。自分でできた。
だけど、たぶん、立花みたいに上手に料理とかできないし、そこのとこは…。
立花に頼り切りじゃなくて、協力していきたい。教えてほしい」
今の俺の素直な気持ち。
虫が良いのは重々承知。リーと立花を比べて、冷たい態度を取った俺が堂々と言えることじゃない。
だけど、俺の心はもう揺らがない。
がしっと立花の手を握る。
立花は照れたように目を伏せたけど、手を離すことはしなかった。
「ありがとう。じゃあ、今日は一緒に台所に立とうか」
「そうだな。立花の家の台所は広いから…クシュン」
クシャミをすると、立花の目が光った。
「夕方まで休んで大丈夫そうなら一緒に料理するけど、熱が出てたら治るまで何もさせないよ」
「ははっ。そうだな。そうするよ」
立花の心配性、もう重苦しくない。
ありがたいものとして受け入れることができる。
ぶんぶん手を振って立花のマンションに帰ってきた。
手洗いうがいのあと、俺はすぐさま寝室に押し込められた。
「はい、じゃあ、風邪引きさんはベッドに横になって」
立花に言われるままにベッドに横になる。
布団かぶらされて、胸のあたりをポンポン。
「隣の部屋にいるから。何かあったら呼んでね」
ポンポンのあと俺の頬をさすって、立花は静かに寝室を出た。
ふかふかのベッド。優しい立花。
心配させないように今は眠ろう。足を伸ばして目も閉じて…と、思ったが。
机の上に置いてあるものが目に入った。
小さい箱。
あれは、指輪の箱じゃないか?
俺はプレゼントしてないぞ。誰かに貰ったのか?それとも誰かにあげるつもり?
俺に?いやいや、俺にプレゼントするつもりだったら、あんな無防備に置いてないだろう。
ソワソワが全身を襲う。眠ろうと思う気持ちは一瞬で消えた。
愛されてる自信あったけど、俺の自信過剰だったのか。
そろりそろりとベッドから下り、机に近づく。
見てはいけない。
それは理解してたけど、パカッと箱を開けてしまった。
そこには。
息が止まるほどの衝撃。
目を疑う。
だって、これは。このデザインは。
震える手で指輪を凝視しているところに、ガチャリとドアが開いた。スポーツドリンクを手にした立花。
立花、だけど。
「イデヤ」
俺を『イデヤ』と呼んだ。
冷や汗が流れる。
「立花、この指輪は何だ?」
何の感情も見せない、立花の表情。指輪を持つ俺の手は、まだ震えが止まらない。
「作ったんだよ。イデヤが私に作ってくれた指輪を思い出して。
昨日それを眺めてて、しまうのを忘れてたよ」
青い石も、花のデザインも。
俺がリーのために作った指輪に酷似していた。
「熱から回復してから様子がおかしいから、気付いてるのかと思ったけど。
その様子じゃ、気付いてなかったみたいだね。
そうだよね。気付いてたら速攻で別れてただろうね。
イデヤは私を憎んでいるだろうから」
立花は何を言ってるんだ。
立花、お前は誰だ。
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