第18話

この日の最後の講義。終了のチャイムと同時に講師が話を切り上げ、俺もぐーっと伸びをする。

窓の外は灰色でどんより。雨が降りそうだなとなんとなく思っていると、隣の立花が俺の袖を引いた。


「真理、今からバイトでしょ?傘持ってる?」


心配性なのはいいんだ。いいんだけどさ。


「持ってない。まあ、大丈夫だろ」


ちょっとぶっきらぼうになっちゃったなと反省する。

立花は何も変わってない。俺のことをただ心配してくれてるだけなんだ。


「折りたたみ持ってるから。持って行って」


立花がカバンから折りたたみ傘を取り出す。

俺は知ってる。立花のカバンは重い。

絆創膏とかウエットティッシュとかビニール袋とか。

食欲がない時でも食べられる健康補助食品とか、それとは別に小腹が空いたときに食べられるお菓子とか。

いろんなものが入ってる。俺のために。


「…立花の傘だろ。雨降ったらどうすんだ」


差し出してくれた傘を受け取ることができなかった。

立花がどんな顔をしたのか見たくなくて、俺はさっさと教室を後にした。

俺は優しくない。最悪だ。

夢の中のリーのことを思い出し、目の前にいる立花に前のように優しくできない。


リーには二度と会えない。

立花を大事にしなきゃいけないのに。



自己嫌悪に陥りながらバイトをして、家に帰る頃には雨がザーザー。

ああ、傘を借りればよかったかな。なんて。


コンビニで傘を買うのももったいなくて、雨に降られて家に帰る。

帰ったらすぐに風呂に入らないと、風邪を引くよな。

言ってもまだ病み上がりなんだし、あったかくして寝ないと。


『雨、大丈夫だった?』


立花からのメッセージに『大丈夫だった』と嘘をついて返信。

びちゃびちゃに濡れたなんて正直に言ったら、また心配させてしまう。


リーだったら。リーだって心配はしてくれるよ、きっと。

だけど立花のような過保護さはないと思うんだよな。


リー。

リーは本当にいないのか?

あの世界には、どうやったら行けるんだ?

熱を出したらいいのか?高熱で意識不明になったらいいのか?


よくない考えが頭に浮かぶ。振り払おうにも、リーを想うと試してみたい気持ちが勝る。


風呂に入らず、濡れた服のままベッドに寝転がる。

寒いし、服がはりついて冷たい気持ち悪い。

だけど。

こうしてたら、熱が出るかも。そしてまた、リーに会えるかも。


リーの笑った顔を思い出し、電気を消した暗闇で目を閉じた。

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