第16話

「井出矢、復活したか」

「よかったな」


退院後の大学初日。

やんややんやと友人たちに迎えられた。


「やっぱりお前たちふたり揃ってると、こっちも安心するわ」


俺の隣には立花。

俺たちは付き合ってることも周知の事実で、完全にニコイチで認識されている。


「なんとかおかげさまで退院できたよ」


いつもの席にどさりと座ると、立花も隣に座ってにこっと微笑む。


「まあとにかく、課題に追われる前でよかったと思うことにする」


試験期間の前とかに入院だったらかなりヤバかったな。

なんて話をしながらカバンから教科書を取り出そうとすると、勢い余ってペンケースが床に落ちた。

おっとっとと屈みつつ、右手はペンケースに伸ばし、左手は髪を抑える。


無意識だった。

下を向くと髪が顔にかかるから。ずっとそうだったから。


「井出矢、なにそれ。女子みたい」


髪をかきあげる仕草を友人に指摘された。

髪を伸ばした三年で、この仕草が癖になってたんだ。


「なんだろな。自分でもわからん」


ははは、と笑って誤魔化すと場の誰もそれ以上追及してこなかった。

夢の中で三年を過ごして、髪を伸ばしてたなんて。その癖が出たって、誰が信じる。


だけど、リーと過ごした三年は俺の中に確実に息づいている。

リーもどこかにいる。この世界じゃない、別の世界に。



頭の片隅にリーのことがありつつも、入院する前と同じように講義を受けて友達とぐだぐだ話をして。

そんな何でもない時間を過ごした夕方。

大学久々だったから疲れたなと首をこきこき鳴らす俺の隣で、立花が心配そうに眉を寄せた。


「真理、しんどい?今日のバイト、代わろうか?」


俺たちは所属ゼミも同じなら、バイト先も同じだ。

俺が入院してる間は、立花ができる限り俺が空けてしまったシフトをカバーしてくれたらしい。


「ん?大丈夫。ちょっと疲れただけ。平気平気」


代わってもらうほどでもないし、そもそもこれ以上立花に迷惑をかけるのもなんだかな。

入院してる間はお見舞いに来て、俺の代わりにバイトも行ってくれて。


「そう?じゃあ先に帰って夕食の準備しておくね。今日は何食べたい?」


立花はさも当然のように言うけど、そして以前の俺ならすんなり受け入れていただろうけど。


「晩ご飯は自分でどうにかするからいいよ」


立花が作ってくれるというのを、やんわり断る。


「どうして?」


「どうしてって…。立花の負担が大きいだろ。

俺も自分のことは自分でするよ」


立花は俺の世話をなんでもしようとする。

入院前はそれをひたすら享受していた。だけど今は少し、考え直している。

俺は…。

王弟のリーに恥ずかしい思いをさせないためにも、ひとかどの人物になると心に決めていたのだ。

それがたとえ夢の中の決意であったとしても、俺に芽生えた自立の心は夢ではない。

小さいことからコツコツと。まずは自分の世話を自分でする。


なのに。


「負担なんて…思ってないよ。全然」


立花は笑った。傷ついたって顔で作り笑いした。

俺が夢の中で三年過ごして精神的に成長してるとしても、立花にとっては俺の言動は突然の変化で突飛なものに思えるのかもしれない。


なんだかな。

立花とリーを比べちゃいけないんだろうけど。


『熱心だね。頑張り屋さんだね』


俺を褒めてくれたリーの声が、耳に残っている。

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