第15話

「真理、お腹空いてない?果物とかゼリーなら食べてもいいってお医者さん言ってたよ」


意識を取り戻した翌日。

面会時間になったらすぐに立花がお見舞いに来た。母ちゃんより早い。

心苦しい。俺は夢の中で…。立花のこと、つゆほども思い出さなかったんだ。


「ん、いいや。ご飯食べられなくなったら困るし。それより、大学は?今日は4講までだろ?」


そう言うと、立花は表情を強張らせた。傷ついた、みたいな。

ちょっと冷たかったかな。

なんだろう、距離感が思い出せない。三年ぶりに再会したような感じなのだ。


「母ちゃんもいるから大丈夫だよ。

立花は明日はちゃんと大学行って。そんで、ノートコピーさせて」


俺なりに明るく言ってみたけど、立花はシュンと肩を落としてしぶしぶといった様子で頷いた。


「…うん、わかった」


気まずい空気が流れたけど、立花は帰ろうとしなかった。

何か不足はないか気にかけて、俺が少し咳をしたら看護師さんを呼びに行こうとし。

そうだ、そうだな。立花はものすごい心配性で世話焼きなんだ。

それを思い出した。

だけど。

面会時間も終わっての消灯後、俺の頭に浮かぶのは。

立花じゃなくて、リーのこと。

リー、リーは俺の夢の中にしかいないのか?

いちゃいちゃした日々も、すれ違った日々も。

瓦礫と化した俺の心も。全部夢?夢なのか?リー、二度と会えないのか?



退院の日。

立花は付き添いしたがってたけど、講義に出るようにと何とか言い聞かせたので、俺の付き添いは母ちゃんだけ。

母ちゃんも俺を心配し、入院生活で出た荷物を持ってくれた。

今度は俺が親孝行しなければいかんな。


「具合悪くなったらすぐに病院に行きなさいよ」


咳が少し出るけど体調は問題ない。すっかりよくなった自信はあるが、ここは素直にうなずく。


「分かった。母ちゃんも体に気を付けて。父ちゃんにもよろしく言っといて」


母ちゃんも田舎に帰り、ひとりになったアパートの部屋。

ベッドにぼすんと座り、思う。

狭い、と。

屋敷でいうと、俺の衣裳部屋よりも狭い。

…うーん。夢から覚めても夢を夢と信じられないってこと、ある?


ベッドからテーブルに移動。

置きっ放しだったカバンから適当にノートを引っ張りだして開く。

一番後ろのページ、緊張しながらペンを走らせる。さらさらすらすら。


「まじか」


手が覚えていた。建築物の絵を描くこと。

課題のために何度も書いた街の絵、橋の絵。

数日前までそこに暮らしていた、リーの屋敷。


「夢の中で絵を描く技術習得なんて、そんなわけないよな」


俺はアカデミーでこういう絵の描き方を学んだんだ。

やっぱり、夢じゃない。リーとの時間。


自分の身に起きたであろう、信じられない出来事。

俺は熱でうなされてる三日間、どこか遠い場所で三年間を過ごしていた。

非現実的だけど、でも絵を描けるし。


リー…。


目を閉じてリーのことを思い出そうとした、そのとき。


ピンポーン。


来訪者の音に焦り、慌ててノートをカバンに突っ込んだ。見られては困るものだと考えるより体が動いた。

ひーひーふーと呼吸を整えて玄関を開けると、そこには想像通り。

立花が買い物袋を提げて立っていた。


「真理、退院おめでとう」


「ありがとう」


浮気を隠してるような気持ちでソワソワ。

そんな俺をヨソに、立花は自然に部屋に上がって冷蔵庫を開けて食材を入れる。


「今日はまだ脂っこいものは食べられないよね。お腹に優しいもの作るよ。

あれ?これは?きんぴら?」


「母ちゃんのきんぴらだ。作ってくれてたんだな」


「じゃあこれも出すね。おふくろの味ってやつかな。食べて味を覚えなきゃ」


台所に立つ立花を眺め、俺はやはり三年の隔たりを感じる。

あー、そうそう、確かに立花はこんな感じだったな、なんて。

なにくれとなく世話を焼いてくれる立花に対し、俺は表現しがたい申し訳ない気持ちを抱いた。

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