第12話
少し幅広で、花をモチーフにした彫刻をあしらってもらう。石は小さいのがひとつ。
そんな指輪だ。
デザインも本決まりになり、制作に入ったと聞いてから一週間すぎた頃。
店を覗いてみたら、店主に溜め息交じりで出てきた。
「ちゃんと作ってるから安心して。できたら連絡するから」
俺が望む物を作ってくれるだろうと信じている。けど。
「ソワソワして仕方ないんだ」
期待と不安とがないまぜになっている。
リーが受け取ってくれるかどうか分からないけど、受け取ってもらえるんじゃないかって俺の心はものすごく期待していて。
なんだかとにかくソワソワしてしまって、指輪どうなってるのかなとここに来てしまった。
「その気持ちに応えるように、ちゃんと作るから。完成するまで時間をくれ」
店主はもう溜め息をつかなかった。俺の心を汲み取って、ものすごく真剣な表情。
そうだ、うん、そうだな。俺は店主を信じよう。
俺がすべきことは、作業の進捗を確認しに来ることではない。
指輪の完成を待つ間にもリーとの関係改善を試みたり。アカデミーで少しでも洗練された課題を提出できるよう努力したり。することはたくさんある。
それに、俺がここに来ることで作業の手を止めてしまう。
自分のことばかり考えていて、当たり前のことに気が付かなかった。
反省しつつ家に帰ると、ちょうどリーも帰ってきたばかりのタイミング。
玄関ホールで使用人に脱いだコートを渡していた。
「リー、今日は早かったんだな」
心の中に指輪があるせいか、俺はいつもより明るく、何も知らなかった頃のように自然にリーに話かけることができた。と、話しかけてから気付いた。
「ああ」
リーは素っ気なかったけど、顔が見れただけでもよしとしよう。リーは素っ気なくてもきれいだ。
俺の指輪を受け取ってくれるといいんだけど。
受け取ってくれなくても、本音でぶつかるべきなんだな。
リーの背中を見送る。今の俺、不思議なことに溜め息出ない。未来は明るい気がしてる。
それから一か月の間。
店に行くことは控え、ひたすらアカデミーに注力した。
リーとコミュニケーションとる時間も本当は欲しかったが、アカデミーも今までの比ではないくらい提出課題が多く、貴族も平民も関係なくどの学生も寝不足気味。
かくいう俺はコネ入学だからコネ卒業もできるだろうけど、リーに恥をかかせないために必死。
リーと心が通じ合ったところで、落第してしまっては合わせる顔がない。
研究室に泊まりこみしたり、図書館に行ったり、実地調査に出たり。
時間に追われる生活になってしまい、リーがいつ家にいるのか、いつ仕事に行っていつ帰ってきたのかもわからない状態になってしまった。
リーとは完全にすれ違っていたけど、心の中に指輪の輝き。
講義と課題のせいでフラフラなのに、「イデヤは元気だな」と同級生に言われた。
それはきっと、指輪がお守りになってるから。リーのことが好きだから。
というような課題に忙殺される日々が終わりを迎えようとした頃。
「できたって。指輪。今朝ウチに知らせが届いた」
同級生がそう教えてくれた。
「えっ!?よし!今日の帰り、受け取りに行ってくる!」
「今日?今日はダメだろう。夕方から夜間の現地調査があるんだから」
おっと。忘れていた。終了予定時刻が23時だったな。
そこから受け取りに行くのも非常識か。非常識でも、ああいやしかし。
店主の不機嫌そうな顔が目に浮かぶ。
「あそこは店舗兼住宅だから、真夜中でも行けばいいさ。その代り、しっかり非常識ぶりを謝れよ」
同級生は呆れたのか諦めたのか、とにかく深い溜め息。
俺は背中を押してもらってためらいゼロ。
そして、現地調査終了後の夜中に店を訪れると、意外にもまだ明かりがついていた。
夜中まで作業をしてるのかと思いきや。
「絶対今日来ると思ってた」
眠そうな顔で店主は俺に指輪を見せてくれた。
リーと散歩した神殿騎士団の庭に植えてあった花の彫刻。
小さい水色の宝石は、俺がリーに初めてプレゼントした灯り石と同じ色。
「ありがとう!本当にありがとう!」
夜中だというのに、周りの迷惑も顧みずに大声を出してしまった。
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