第10話
翌朝。
俺が起きると、隣にリーはいなかった。
広いベッドに、俺はひとり。
もそもそと身なりを整えて食堂へ行く。
そこにもリーはおらず、大きいテーブルには俺の食器だけが置かれていた。
「あの、リーは?」
控えていたメイドさんに聞くと、メイドさんは抑揚のない声で教えてくれた。
「リードゥレント様は、すでに出られました」
一人で食べる朝ご飯。さびしい。
一緒に食事できないときは、前もって教えてくれていたのに。
昨日の夜、聞いていない。言うのを忘れたのか、それとも。言いたくなかったのか。
消化不良のような胸のモヤモヤ。
夜もいつもの時間に帰ってこず、俺は私室でぼんやり。
本を手に取っては置いて、席を立ってはまた座り。スケッチブックを開き、また閉じ。
そんな無意味な動きはするものの、頭の中はぼんやりだった。
じきに日付が変わる夜更け、かすかに音が聞こえた。
リーが帰って来た。
リーの顔を見たい、リーと話したい。
そんな想いで部屋を出ると、ちょうどリーが私室に向かうところにかちあった。
「リー、おかえり」
頼む。昨日の夜のことは何もなかったみたいに、いつものように俺に接してくれないか。
そんな一縷の望みを抱いて話しかけた。
しかし。
「私を待っていなくていいよ。仕事が忙しいんだ」
リーはそう言うと俺の顔も見ずに私室へ向かってしまった。
素っ気ない。素っ気なさ過ぎる。
自分のことを棚に上げてこんなこと言うのはなんだけど、こんなあからさまに冷たくされたら悲しい。
そしてそれはこの日一日だけのことじゃなくて。
一緒に寝ることも、食事を一緒にとることもなくなった。
たまに顔を合わせても、「仕事どう?」「忙しい」という会話とも言えない一言を交わすだけ。
このままではいけない。
本当に忙しいだけかもしれないけど、心の距離がぐんぐん開いてる気がする。
俺のせいだけど。俺が『普通』に接することができないせいなんだけど…。
「元気ないな、イデヤ。パートナーとケンカでもしたか?」
アカデミーの研究室。居残りで都市計画の図面を描いていると、同じく居残りの同級生に声をかけられた。
この同級生は貴族で身分も高く、だけど今まで俺とは貴族トークもお茶会もしたことなかったからリーの話を振られて少々驚き。
「ケンカは…してない」
ケンカしたほうがいいのかな。いっそのこと。
俺は知ってるんだからな、と。よくも弄んでくれたなコラ、と。
…言えないよ。そんなこと。
図面を描く手が完全に止まり、背中も丸くなる。
そしたら同級生は溜め息ついた。
「プレゼントでもして、機嫌取ったほうがいいんじゃないか」
記念日や誕生日には贈り物をしてきた。髪を結わうリボン、ブローチ、綺麗な花。
いつもリーは喜んでくれた。そのときの笑顔を思い出すと、今またツラい。
ますますしょげかえってしまうと、同級生は俺の背中を叩いた。
「仲直りなら、プロポーズした場所でデートしてみるのもいいって聞いたことあるけど」
プロポーズ?
俺、したっけ?してない。してないよな。
王様から頼まれてリーと結婚して、好きになったあとも特に改めて何か言った覚えはない。
指輪を贈ったこともない。
次の日、講義が終わった後。
俺は久々に神殿騎士団に足を踏み入れた。
「ちょっと散歩させてください」
かつて、リーと散歩した神殿騎士団の庭。
俺はまだ花の名前を知らない。今まで何をやってたんだろうな。
ベンチに腰掛け、空を見上げる。少し日が傾き、夕方に向かっていく色。
今日が終わっても、明日は来る。
俺がリーのことを好きで、一生一緒にいたい気持ちは変わらない。
それなら。
夜会に日に盗み聞きしてしまったことを謝って、聞いてしまった内容を理解した上で、それでも変わらず好きだと伝えよう。
指輪を渡してプロポーズしよう。
リーが本心で応えてくれるかどうか分からない。
事実を知ってもなお好きだと言う俺を、リーは受け入れないかもしれない。
受け入れるフリをするかもしれない。
「でも俺はやるのだ!」
すっくと立ち上がり、決意を固めて神殿騎士団を後にした。
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