第8話

リーと結婚してもうすぐ三年。

リーとは仲睦まじく、アカデミーでは多少のコネ効果もあるだろうけれども教授陣からの覚えもよく。

順風満帆な日々を送っていたある日。


「夜会?俺も?」


リーが夜会に誘われたという。

俺も一緒に来てほしいというお誘いだそうだ。


「うん。私の従兄が主催する夜会があるんだ。

今まで他の誘いは今までのらりくらり躱してきたけど、今度ばかりは断りにくいんだ。

従兄はイデヤが『異世界からの使者』だって知ってて、会わせろってうるさくて」


従兄ってことは…。身分で言えばリーのほうが上だろうけど、親族だし断れない事情があるのかな。

任せろ。俺はリーに恥をかかすことはしない。


「ダンスも練習してきたし、マナーも身に付いたと思ってるから…多分大丈夫」


ダンスは練習でしか踊ったことないが、もう相手の足を踏んだりしない。

アカデミーでは貴族階級の同級生とお茶会したりしてるけど、失笑も嘲笑もされてないからマナーや礼儀も問題ないだろう。


「うん。知ってる。心配はしてない。よし、じゃあ仕立屋を呼ぼうか。服を作らないと」


リーが楽しそうに俺の夜会服について話す。

デザインはスタンダードなものがいいかな、どんなタイがいいかな、髪を結わう紐は何色がいいかな、なんて。

夜会は緊張するけど、リーが傍にいるなら何でも平気。というよりも。

やらかしたらどうしようと思う反面、今まで練習してきた成果が発揮されればリーは俺に惚れ直してくれるんじゃないかと期待。


夜会の当日。

リーの指示のもと、俺は上から下まで着飾らさせられた。

ツヤツヤのリボンで髪を結び、ピカピカ磨かれた靴を履く。

似合ってるかどうか分からないけど、リーは満足そうにうなずいてるからきっと似合ってるんだろう。


リーをエスコートして会場入り。

キラキラ光るシャンデリア…ではなく、小さく細かく細工された灯り石が宝石のように輝く大広間。


「君がイデヤくんか。初めまして」


「初めまして」


リーの従兄という人は、ちょっとリーに似てた。きれいだけど、リーのほうが数段きれい。


「リードゥレントとの生活はどう?」


「毎日楽しいです。リーにはすごくよくしてもらってます」


隣に寄りそうリーを見ると、にこっと笑いかけてくれた。

俺はにやにやしそうになるのを必死で我慢。初対面の人の前なので。


「楽しいのならよかった」


ウンウンと頷き、従兄さんは「それでは」と話を切り上げて別の人に挨拶しに行った。

『会わせろ』って言ってたそうだが、その割にはアッサリしてたな。

そんな感想を抱いたものの、リーをお目当てにたくさんの人が挨拶にし来たのでそっち対応のほうが疲れてしまった。


その後。挨拶も終わって、おいしい物を食べて、お酒も飲んで、ダンスもして。

途中で楽団の余興が始まったとき、リーが俺の耳元でヒソヒソ。


「ちょっと席外すね」


トイレかな。

リーが大広間を出るのを見送ったあと、なんだか俺もトイレ行きたくなってきた。お酒も飲んだし。

このあとまたダンスがあるって言ってたから、先にトイレに行っておこう。

リーが出て行ったドアから俺もそっと大広間を退室。

ドアの前に控えていた人にトイレの場所を聞き、毛足の長いやわらか絨毯の廊下を歩いていると、その角の向こう。

話し声が聞こえた。


「まったく。お前もよくやるよ。さすが王弟殿下」


「うるさいな」


リーの声。相手は誰だ?従兄さん?


「あの『異世界からの使者』、お前のことが好きで好きでたまらないって丸わかりだな。どうやって落としたんだ?」


初対面の人にバレバレのレベルだったのか。リーへの気持ち。

照れるぜ、と思いたいところだが、リーの声は剣呑さを含んでいたので俺は自然と息を殺した。


「別に。そんなのどうでもいいだろう」


従兄さんとは反りが合わないのか?

俺のことを話題にしたくなさそうなリーの声。

だけど従兄さんは笑ってる。


「王弟として一生かけての任務遂行。好きでもない相手と夫婦として生きるのは大変そうだが。ま、頑張ってくれ」


従兄さんの耳を疑うセリフ。好きでもない相手?俺が?リーは俺を好きじゃないって?

確かに結婚するにあたって、最初はそうだったかもしれない。

王族としての役目で『夫婦』になった。だけど今は違う。

俺たちはきちんと、心からお互いを想い合って、大好きで。


「言われなくても。王族として役目を全うするのは当然のことだ」


あれ?地震?地震起こってる?床がぐらぐらするんだけど。

足元に目をやる。

俺の脚ががくがく震えていた。


「ま、一生かけて『異世界からの使者』を勘違いさせておくことだな。

ところで辺境地のことなんだが…」


話が変わったところで、俺は自分の脚に叱咤激励してその場を離れた。

壁に手をついて、よろよろと廊下を引き返す。

なんとか大広間に戻ると、ちょうど楽団の演奏が終わったところだった。

俺は立っていられず、壁際に置かれた椅子に腰かける。


さっきの会話、あれは本当のことなのか。


俺がしあわせだと思って。ついさっきまでハッピーだったのは。

あれは全部。何もかも。

リーの演技の上に成り立っている、砂上の楼閣だったのか。


人のざわめき、音楽、全部が遠いところから聴こえる。


「イデヤ、顔色が悪い。お酒、飲みすぎた?」


突然近くで声をかけられ、ハッとする。

リーが俺の顔を覗き込んでいた。


「あ…。慣れない場所だから少し疲れたのかも」


「じゃあ帰ろうか。従兄の顔も立てたことだし」


リーが俺の背中を労わるようにさする。

その手は優しくあたたかく、俺はやり切れなかった。

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