第6話

ある夜のこと。

閉門時間直前にアカデミーを出て、焦っての帰宅。

いつもの夕食の時間は過ぎている。リーは先に食事を済ませただろうか。


食卓につく前に着替えなければと思い自分の部屋に向かうと、廊下の先からリーが歩いてきた。


「私よりも帰りが遅いなんて珍しいね」


じいっと俺の目を見つめるリー。俺のこと心配しててくれたのかな。


「遅くなってごめん。課題が出てさ。調べたいことがあったから図書館に行ってたんだ」


アカデミーではまだまだ基礎的な座学が中心だが、ある講義で課題が出た。

「旧市街区の再開発」というテーマで街のデザインを描いて、なぜそのような街にするのかプレゼンする。


「へえ。入学して数か月なのに、実践的なことをしてるんだね」


感心した風に頷くリーに、俺の自尊心がくすぐられる。

年上で、国の仕事をしている身分の高いリーに、俺は今感心されている。

正しくは俺じゃなくて、アカデミーのカリキュラムだが。

リーが感心するカリキュラムに食らいつく俺は、つまり、リーに感心されてるということだ。そういうことだ。


「今度の休みに旧市街区に行ってみる。実際に自分の目で見たほうがいい案が浮かびそうだ」


今ここで立ち話するような話題でもないけど、俺のやる気をついついアピール。


「私も一緒に行っていい?邪魔はしないから」


これは僥倖。

リーに俺が頑張ってるところを見てもらおう。



そして。

はやく来い来いと心待ちにした休みの日。

俺とリーは連れだって旧市街区までやってきた。

ここは道が狭い。よく言えば昔からの雰囲気が残る佇まい、悪く言えば時代に取り残されて古臭い。

アカデミーの課題だから本当に再開発するわけじゃないけど、ここに暮らす人のためになるような再開発を考えるとなると。


地図に印をつけ、気になった場所でラフスケッチ。

カメラがあれば一瞬だけど、自分の目で見て手を動かして描くとうすらぼんやりすることなく記憶に残る。


「本当に熱心だ。教授のお世辞じゃなかったんだね。絵も上手だね」


アカデミーでは美術の講義もある。

街や建物のデザインを自分で描くために、ある程度の技術が必要とされる。

これがまた大変だった。クラスメイトたちは入学時点で街や建築物、構造物の絵を上手に描けていた。

そんななか、俺は正規の講義以外にも何度か居残り指導を受けてなんとか形になった。


「ま、まだまだだよ」


褒められてドキドキ。嬉しい。耳が熱くなる。


「イデヤは頑張り屋さんだね」


リーがスケッチブックを覗き込む。サラサラの髪が俺の鼻先に。

すんすん。バレない程度に匂いを嗅ぐ。

…いい匂い。って、そうじゃなくって。熱心さを見せないといけないのだ。


「古い街並みは残したいな。昔の建築物の資料があればいいんだけど。

明日またアカデミーの図書館で探してみる」


「それなら持ってるかもしれない。帰ったら…夕食のあとでも私の部屋に来てくれる?」


リーの部屋に誘われた。

リビングで一緒にお茶を飲んだり寛ぐことはあっても、リーの私室は俺にとって禁足地。

さらにドキドキしてきた。が、それを悟られてはいかん。

下心を持ってしてリーの部屋に入るなど言語道断横断歩道。


屋敷に帰る道すがらもリーの私室のことを考えてドッキドキのドッキドキ。

夕食の間もソワソワが止まらなかった。


リーに不審がられて部屋に入れてもらえなくなるかも、と、少し思ったけど俺の心は取り繕うということができない。


「そんなに緊張するような部屋じゃないよ」


夕食後、リーは俺の肩をさすさすして部屋に入れてくれた。


入ってまず小さく深呼吸。いい匂いがする。


きょろきょろしたい気持ちを押さえ、大人しくソファに腰掛ける。

ソファのふかふかを堪能しつつ、本棚の前に立ってるリーの後ろ姿を舐めるように見る。

細身に見えるけど、腕を組んだときには腕の筋肉を感じる。細マッチョなんだろう。

脱いだらどうなのか。気になる。見てみたい。


資料を借りに来たことも忘れ、俺の頭の中はあらぬ妄想で溢れんばかり。

そんな危ない俺に、リーは本棚から取り出した何冊か本を見せてくれた。


「これ。以前古い聖堂を取り壊すか改修するか議会で取り上げられたことがあって」


「ん。ありがとう」


リーの私室に入るチャンスを得て、そしてもう出て行く流れ。

もっと滞在したいんだが。出て行きたくないんだが。

今ここで見なくてもいいんだけど、借りた本をぱらぱらめくる。

という滞在時間を引き延ばす作戦を実行していたら、リーがあるページで声を発した。


「あ、これ。昔の有名な建築家の建物。すごく綺麗なんだよ。

王都から馬車で3日くらいかかるけど…。いつか一緒に見に行きたいな」


リーは視線を上げて俺に向けて微笑む。

俺の心は焼ける。血が滾る。


「リー」


俺は自分を止められなかった。

目を閉じ、唇を重ねる。そっと静かに。

しっとりして、柔らかくて。快感なのか喜びなのか、背中がゾクゾクする。

どれくらいそうしていたか。

図々しくも、やっちゃいけないことやったと焦る気持ちは無くて。

リーに嫌われるかもしれないという恐れも無くて。


「ごめん。友達なのに」


唇を離し、俺は謝った。

リーの表情は、怒りでも蔑みでもなく。口角をほんの少し上げているけど、笑ってる風でもなく。


「ううん。『夫婦』でしょう?」


リーは優しい。怒らない。

異世界からの使者である俺の面倒を見る役目があるから。


「違う。リーは仕事で、役目があるから。だから『夫婦』なのに」


改めてそう考えると、ここに住んでることも、アカデミーに入学させてくれたことも、歌劇を見に行ったことも、何もかも空しくなる。

俺はリーのことが好きでも、リーはそうじゃない。

『友人』でいることも、役目だからだ。


つらい。


その気持ちに押され、視線が下がる。さっきまで見ていたページを見るともなく見る。

しばらくお互い無言でいたけど、先に動いたのはリーだった。


「イデヤ、顔を上げて。こっちむいて」


リーに促されて、恐る恐る顔を上げる。

すると。

リーの手が自らの服のボタンをぷちぷちとゆっくり外していく。

突然の展開に驚きながらも、だんだん露わになっていくリーの白い肌に俺の目は釘付け。


「どう?イデヤの目にはどう映るかな」


どうってそんな。どうもこうもない。


「リー、とてもきれいだ」


妄想した通り、リーは細身に見えたけど服の下には筋肉がついていた。

彫刻のような美しさ。きっとすべすべしてるだろう肌。


「触ってもいいんだよ、イデヤ」


許可を与えるその一言に、俺の理性は焼き切れた。

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