第5話
アカデミーに入って意外だったこと。思ったよりも、女の子が多かった。
俺の通ってた大学は工学系の単科大学だったから女の子が少なかった。
だから出会いがなくて…なんだっけ。出会いなんてなくてもいいやって思ってたんだっけ。なんだっけ。
まあ、このアカデミーに女の子が多いからといって、何が起こるわけでもない。
俺は結婚しているのだ。一応。
それに。
夕食のテーブル。リーが仕事で遅くならない限り、こうして一緒に夕食を取る。
「イデヤ、教授が感心してたよ。一番前に座って、熱心にノートを取ってるって」
「初めて知ることも多いし、リーの面子を潰すわけにもいかないから」
学びが楽しいというのもある。それにコネ入学は純然たる事実だから、誰よりも熱心に真面目でいようと心がけている。
「イデヤはいい『旦那さま』だね」
微笑むリーは、とってもきれい。ああ。友人なのに。
友人らしい付き合いをしなくてはと思いながらも、何とかリーともっと接近できないかと考えてしまう。
「次の休み、どこか行かないか?」
俺の口からデートのお誘い。リーはデートなんて思わないだろうけど。
「うん。歌劇でも観に行く?今、中央劇場で公演されてるものが評判なんだって」
リーが控えている使用人のひとりに視線を遣ると、使用人はささっと静かに退室。
きっと席を押さえに行ったんだろう。
「そうだ。歌劇も行くけど、仕立屋を呼ぼうか。イデヤの服をもう少し作らないとと思ってたんだ」
「もうたくさん作ってもらったよ。嬉しいけど、そんなに着て行く場所もない」
リーが仕立屋を呼んで作る服は、かなりの高級品。
アカデミーでは制服だし、高級な服を着て出かけるのはリーと出かけるときくらい。
「場所?私と毎週いろいろなところに出掛ければ解決だね」
心臓が痛い。キュッって掴まれてるのにニヤニヤしそうな感覚。
いつの間にか、俺はリーに恋をしていた。
歌劇が上演される劇場。
ふかふか絨毯の通路を通り、俺たちは一番いい席に案内される。
夫婦らしく腕を組んで歩く俺たちを、周りのお客さん、貴族だろう人たちがヒソヒソ。
ヒソヒソ話してる風だけど、全部聞こえる。
「ほら、あちら。王弟リードゥレント殿下よ。最近ご結婚されたんですって」
「お隣の方ね。どんな人なのかしら?」
「噂ですと、遠くの小国の貴族ですって」
間違った噂が流れてるようだ。いいのかな。ウーンと小さく唸ると、リーは絡ませた腕に少し力を入れた。
「わざとああいう噂を流してるんだよ。異世界からの使者って、あまり知られないように。他にも『さる貴族のご落胤』とかね、そんな噂」
リーが俺の耳元で囁くものだから、噂なんかどうでもよくなる。
それよりもソワソワ。息が耳にかかってゾクゾク。
荘厳華麗な歌劇が終わり、俺たちは劇場を後にする。
だけど用意された馬車にすぐに乗り込むことはせず。
「イデヤ、少し歩かない?」
俺はすぐさま頷く。
リーと腕を組んでいられる時間は長ければ長いほどいい。
静かな夜。川べりを歩き、先ほどまでいた明かりが灯る劇場に目を細める。
「美しい建物だな」
「五代前の王が建てたんだ。娯楽のためだけじゃなくて、災害が起こったときは貧しい人たちに開放することもある」
避難所みたいなものか。なるほど。
ふーんと感心してしばらく劇場を眺めていると、リーの腕が離れた。
「イデヤ、今日は楽しかった?」
「もちろん」
「よかった」
リーが腕を組みなおして俺に寄りそう。胸が苦しい。
夫婦だけど、本当は夫婦じゃないんだ。リーが役目を果たせるように、夫婦のフリをしてるんだ。
リーと過ごす時間は心地いい。だけど、それに反して心の中のモヤモヤが大きくなっていく。
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