第4話
王様との謁見も終え、おそらく失礼な言動はしなかったはず、とにかく無事に終えた。
殿下からあらかじめ聞かされていた通り、『リードゥレントと結婚してこの国で健やかに暮らしてほしい』と王様からお願いされた。
殿下から前もって話を聞いてなかったらその場で慌てふためいたかもしれない。
聞いててよかった。
「はい。喜んでお受けいたします」
そう返事したあと、喜んでいいことかな?と少し頭をよぎったものの。
国が俺の面倒見てくれるということだし、安定した生活は送れる。
生活に困ることのない状況は、俺にとっては喜ばしいことだろう。
それに殿下はきれいで優しい。
「わ、広い。広いですね」
神殿騎士団の本部を出た俺は、殿下のお屋敷に引っ越した。
殿下は王様の弟だけど王位継承権は放棄していてお城を出て生活している。
大きくて広くて美術館のようなお屋敷に、国立公園と言われても信じるレベルの庭園。
「ここがイデヤの家にもなるんだから。そのうち慣れるよ」
慣れるだろうか。このお屋敷に。
俺の部屋だというところ。そこはお世話になってた神殿騎士団の部屋よりも広い。
居室、寝室、衣裳部屋、浴室までついてる。騎士団では大浴場だったからな。
あてがわれた部屋の窓から外を覗き、ドアと引き出しを全部開けてみて満足しきった俺。
それを殿下が苦笑気味に見てた。
「一応、形としては夫婦ということだけど、本当に気にしなくていいからね」
「はい、殿下」
そう答えると、殿下はつかつか距離を詰めて俺の唇に人差し指を当てた。
殿下のいきなりの行動に俺の体は硬直、突然の出来事に心臓が不整脈。
「『殿下』という呼び方は止めようか。それと、敬語も」
はい、と返事しようと思ったが、口を開けると殿下の指をぱくりとしてしまいそう。それはマズイ。
ぱくりを回避するために声を出さずに頷くと、殿下は指を離してくれた。
ほっとしたような、少し残念なような。いやいや残念だなんて。殿下は男だ友人だ。
仕切り直しに、ごほんとひとつ咳払い。
「リードゥレント、って呼んでもいいですか…いいか?」
敬語は急に抜けきらない。そんな俺に殿下は微笑む。
「リーと呼んでくれて構わない」
夫婦というのは形だけだけど、リーっていう呼び方には特別感が漂う。
そう呼ぶことを許されて、なんだか嬉しい。
殿下、いや、今日からリー。心の中でもリーと呼ぼう。
「それと、イデヤのこれからの生活のことなんだけど」
俺は自由にしてていいと王様にも言われてる。国から出るのはダメらしいが。
「俺にできる仕事、何かあるかな」
「イデヤは学生だったんだろう?街づくり…だったよね。
もうじき新年度だから、こちらでもアカデミーに通えばいいよ。
イデヤの世界と全く同じ学びはできないかもしれないけど、同じ方向性の学問はあるから」
「いいのか?」
まさかこちらでも勉強できるとは。もう勉強は諦め、何がしか働かないといけないなと思ってたから。
殿下、いや、リーの気遣いに痛み入るばかり。
「もちろん。アカデミーに知り合いがいるから、相談してみる」
それからはとんとん拍子。
リーの紹介もあって、俺はコネ枠でアカデミーに入学が決まった。いいのか、異世界。
新婚生活、というものでもないが、リーとの時間は穏やかに流れていった。
お屋敷でアカデミー入学の準備したりだとか、こちらの世界の都市設計はどんな感じなんだろうと予習したりだとか。
リーが仕事休みの日は、ふたりで街に出掛けたりもした。
きれいなリーと歩いている俺に対し、羨望と嫉妬のまなざしがびしばし刺さったが気にしない。
俺たちは一応夫婦なのだから。
そして。
入学式の前の晩。俺にとっての事件が起きた。
夕食のあと、食後のコーヒーを飲んでいるときのこと。
「イデヤ、大事は話を忘れていた」
リーが咳払いすると、控えていた使用人がすっと退室。
二人きりになった室内。
「大事な話?」
人払いしてまでの話。なんだ。
「もしその、性欲を持て余したとき。
そういうときは口の堅い高級娼婦を呼ぶから。アカデミーや街で適当な相手と…っていうのは絶対やめてほしいんだ」
性生活の話を持ち出され恥ずかしいと思う気持ちはちっともなかった。
それよりも。
「…あ、うん」
ショックだ。
「イデヤは異世界からの使者だから。公にはしてないけど、知ってる人は知ってる。
イデヤにすり寄ろうとする人に色仕掛けでもされると…面倒が起こる」
「あ、うん」
「そうだ。男娼も呼べるよ。あ、もちろん呼ぶときは私じゃなくて使用人に言ってもらってもいい」
「…うん」
ショックだ。
分かってたけど。俺と殿下はトモダチで、結婚したといっても形式的なものだ。
だけど。なんだかショック。
リーはきれいだし優しい。気遣いもできる。だけど。そういう気遣いは要らなかった。
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