第3話

殿下は週に1・2回会いに来てくれる。

異世界から来た俺を気遣うためだ。

理屈は分からないけど、俺が心穏やかにこの国で暮らしていればこの国は平和なんだと。


ま、それはそれとして。

殿下もお仕事で俺と友達になったんだろうと理解した上で。


「殿下、今日はすっきり晴れて気持ちいいですね」


「そうだね。散歩日和だ」


神殿騎士団の敷地内の、普通の人は立ち入り禁止の庭。

今日はそこで散歩する。ちなみに先週も散歩した。

俺が花に詳しければ殿下に花の説明でもするんだが、あいにく全く詳しくない。

何か話題はないものかとあれこれ思い浮かべていると、殿下のほうから話を振ってくれた。


「街に出てみたんだってね」


一昨日のことだ。お世話係が街に行ってみなされと勧めてくれたので行ってみた。


「はい。警護してくれてる騎士と一緒に。街は活気があっていいですね」


市場で買い食いしたり、灯り石を売ってる店を覗いたり。

異世界の街は怖いなと思って、神殿騎士団本部の外に出なくていいかなと引きこもり思考だったけども。街に行ったら行ったで楽しかった。

実は、殿下へのおみやげも買ってある。殿下が城下の物を気に入るかは分からないけど、こういうのは気持ちだからな。


「…あの、殿下。殿下へのおみやげを買ってあるんです。

部屋に戻ったらお渡しします」


殿下は目をパチパチ。驚いた様子を見せる。


「私に?ありがとう。早く部屋に戻りたいな」


「そんな期待させる物ではないです。本当に」


そう言うと、殿下は控えめな笑みを浮かべた。きれい。きれいだ。


散歩を終えて部屋に戻る。

引き出しにしまっておいたおみやげを殿下にお渡しする。


「これは灯り石?」


親指くらいの大きさの石。


「はい。色がついてる灯り石としては使い勝手悪いって店の人に言われたけど、きれいな水色だったから。…インテリアにでも」


「ありがとう、イデヤ」


殿下は胸の内ポケットに石をしまった。受け取ってもらえてよかった。

優しい殿下は『いらない』なんて言わないだろうけど、こうやってちゃんと受け取ってもらえると嬉しいものだ。


お世話係にお茶を淹れてもらい、殿下と優雅に午後のひと時。

街で食べたおいしいパンだとか、家庭教師に今は隣国の地理を教えてもらってるんですよ、なんて話が一段落したときだった。


「イデヤ、話があるんだ」


突如として殿下が笑みを消して真剣な表情。


「な、なんでしょう」


俺、なんかしたかな。それとも、異世界からの使者としてこれから何がしかの役割を担わされたりするんだろうか。

心穏やかに暮らしてればいいとか言ってくれてたのに、まさか今更ドラゴン討伐とか言わないよね。無理だからな。

ドキドキして殿下の言葉を待つ。


「時機を見て、そんなに遠くないうちに、兄上との謁見が行われるはずだ」


兄上、というのは王様?おー。

ここは俺にとっての異世界だけど、王様は王様。偉い人だ。緊張するやつだ。


「そこで、兄上から話があるだろう。

『リードゥレントと結婚してほしい』と」


王様に会うんだという緊張は吹き飛び、代わりに襲ってくる衝撃。


「んっ?んんっ?」


結婚。俺と殿下が?なにゆえ?

俺は男で殿下も男で。いやもういっそ性別関係ないとしてもね。なんでだ。

俺の混乱を見てとった殿下は、どうしようもないって感じで少し肩をすくめた。


「異世界からの使者を、兄上は手放したくないようだ。

言い方は悪いけど、イデヤをこの国に縛り付けるために私と結婚させようとしているんだ」


ああ。あれだよな。異世界からの使者が安心して健やかに暮らしていれば、この国は平和なんだよな。

王様という立場だし、国のために俺を置いておきたいと思うんだろうな。


「殿下はそんな…あの。政略結婚みたいな真似は…」


納得できない、しあわせではない結婚。そんなの殿下にはさせたくない。


「私は構わないんだ。王族とは、そういうものだからね」


殿下は薄く笑った。それは諦めの浮かぶ笑みだった。きれいだけどね。そんな笑みもきれいだけどね。

殿下は好きな人がいても、その人と自由に結婚できない立場。


「イデヤは、生まれ育った世界に…誰か大切な人がいる?」


大切な人?好きな人?恋人は…。

ちょっと待ってなんか思い出しそう。

額に手を当てる。…うーん。そもそも、大切な人って思い出そうとして思い出すものでもないか。


「いないなら、イデヤにとってこの話は悪い話じゃないと思うよ。

結婚という形は仕方ないけど、友人としての関係でいいんだし」


何か忘れてる気もするけど、殿下に協力したい気持ちが勝って思い出すことは止めておいた。


「俺でよければ。不束者ですがよろしくお願いします」


頭を下げると、殿下はにっこり。

俺たちは愛し合う二人ではないけれども、殿下が王族としての役目を果たす一助になれるようでよかったよかった。

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