第43話

 俺たちが行動を開始してから13日後、魔族たちはとうとう王都付近にまで迫ってきていた。王都の前には王と教会が集めた人類の最終戦力である約5万の人間が集まっていた。


数だけでいえば5万対600!まともな戦いにすらならずに蹂躙されるのは魔族の方のように思えるだろうが、人間は実のところ人数だけの烏合の衆。普段から戦いに従事してる者など5千程度しかいない。他は普段は普通に村で商売をしていたり、動物や弱い魔物を狩って生計を立ててる程度の者たちばかりだ。とても魔族とまともに戦える筈もないのだ。


彼らの使われ方は武器も持たずに盾だけを持たされ、魔族に魔法を少しでも使わせ、魔力切れを引き起こさせる為の囮である。そんな役目誰がしたいものか!だが彼らがそれをしなければ、全く戦いを経験すらしたこともない者にその役目が回るだけ、逃げ出してもこの戦いに破れれば、遠からず人間は魔族に滅ぼされてしまうことになるのだ。やるしかないのだ。


彼らは絶望していた。ここにいる者の半数以上は数時間後にはただの肉塊に変わってしまう運命だ。それでも勝利さえすれば人間という種族は生き残れるのだ。



 王と大司教様のありがたいお言葉の後、彼らは配置につくことになった。そして魔族たちが現れるのをただ静かに待っていた。日は明るいが、風は少し冷たい、そんな春の穏やかな空気が一瞬にして狂乱の渦へと変化した。




 魔族たちは姿を現した瞬間、全員が強大な魔法を詠唱し始め、それを近くの者たちで合成し、強烈な範囲魔法を完成させたのだ。


いきなりの先制攻撃としてはあまりにも強烈な一撃であった。それだけで3000人を越える被害を人間たちに与えた。またその一撃は戦いに慣れていない者たちの心を折るには十分な衝撃を人々に与えることになってしまった。自らが持つ盾を震わせながら、人々は思ってしまった。


今日で人類は滅ぶのかと…



 心が挫けた人などいくらいようとただの木偶の坊である。迫りくる魔族たちに次々に蹂躙されていく。最早戦いとは名ばかりの処刑である。



だが人間もただやられてばかりではない。



 戦いに慣れた者たち、つまりはSランク級やAランク級の戦闘力を持つものを中心とした高い戦闘力を持つ者たちが大量に戦闘に投入されたのだ。


彼らは魔族にも引けを取らない高い身体能力で、次々と魔族とぶつかっていく。彼らの働きにより今度は魔族にも被害が出始めていく。だが、いくら強い力を持った者たちとはいえ、自分達と同等、それ以上の力を持つ者ばかりをそう相手にできる筈もない。


今魔族たちはまだ550以上もの戦力を残し、連携して戦ってるのだから。



 歴史では魔族と人間の戦争において魔族が勝ったことがないのには理由がある。魔族は基本進んで戦いを仕掛けたりはしないのだ。襲われればやり返すし、仲間がやられれば戦う。


だがそれは人間全体が対象ではなく、殺られたらそれを殺った個人にむけてやり返すだけなのだ。その為、人間は常に自分等に有利な状況で戦いを始められたのだ。だからこその数の暴力で蹂躙することができたのだ。


しかし、今回は違う。魔族から攻撃を仕掛け、一切の妥協も躊躇いもなく、確実に全員を殺しに掛かってくるのだ。本来身体能力も魔力も優れた魔族に、同数程度の人間が勝てる筈がないのだ。


時間が経過すればするほど、人間の被害は大きくなっていった。1時間も経つ頃には魔族は残り500名ほど、人間の実力者たちは誰も動ける者は残っていなかった。生き残ったのは早々に状況を見定め、撤退をした5名だけだった。



「お前たち何故戻ってきた?この戦いに破れれば人間は滅ぶのだぞ!」



王の質問に女冒険者が答えた。



「そんなこと分かってるよ!だけどあのままあそこで戦っても殺されるのは私たちだって分かっちまったからね。作戦を変えないとこの戦い確実に人間が滅びて終わるよ!!」



「お前、ただの冒険者風情が王に何たる発言だ!!」



「はんっ!こんな状況で何を言ってるのさっ!このまま負ければ王なんて立場なんてあいつら魔族には何にも関係ない、他の奴らと一緒に惨たらしく内蔵をぶちまけられてただの肉片に変わっちまうだけさっ!!


それが嫌なら少しは状況に合わせて作戦を考えな!折角有利な防衛戦なんだ、城壁の中で守りを固めながら戦うんだよ!!そして魔族が休もうとしたところを隙を見て少しずつ相手の戦力を削っていくんだよ!!!数だけはこっちの方が上だからね!奴らに休ませる暇を与えなければいつかは勝てる筈だよ!」



王は少し考え、烏合の衆が魔族に蹂躙されてる姿を見て、この女冒険者の意見を採用することにした。



「兵を城壁の中に撤退させろ!守りを固める!!」




 撤退する兵の中から素早く離脱する者たちがいた。先程の5人の冒険者たちだ。正確には彼らは俺と同じ転生者の仲間たちだ。俺の指示でこっそりと潜り込ませていたのだ。


この辺りで王に守りを固めさせることで、一般人の人間の被害を少しでも抑えさせようとしているのだ。



「ご苦労様、みんな!」



「オリオンさん、聞いて下さいよ!ルージュの奴、王に進言するのにスゲー口の聞き方するんだぜ!あんなの殺せって命令が下るんじゃねーかって冷や冷やしちまったぜ!」



彼はフッタ18歳、ちょっと生意気なところはあるが、仲間思いな奴で面倒見がいい。斧を使って戦うファイタータイプだ。



「そうなったら王を殺しちまえばいいだけだろ?あんな糞にも役に立たねージジイなんて死んだ方がこの国の為だ!!」



彼女はルージュ20歳、短気で口は悪いが、日本で今時スケバンをし、番まで張っていたらしく、下への面倒見はとてもよい。戦いになるとナイフを使って器用に戦う冷静な面も出てくる。



「ルージュ、それは駄目だよ。オリオンさんが罪のない民を少しでも救おうと考えた作戦が水の泡になっちゃうよ。」



彼はロイ19歳、大人しく口数は少ないが1つ上のルージュを好きなようで、ルージュには積極的に話しかけるようにしているのを俺たちは微笑ましくいつも眺めている。武器は槍を使い、寸分の狂いもなく相手の急所を狙い打ちする。



「それはそれで楽しそうだわ。私は沢山殺したかったのに、あんなちんたらと流すだけの戦いなんて嫌気が差してたのよ!あの王の頭を私の棍で吹き飛ばしたら最高に気持ちが良かったと思うわ♪」



彼女はルル17歳、驚くほど好戦的で、戦闘では常に前に前に出ていくタイプである。棍を使って相手をいたぶりながら殺すのが趣味というちょっとあれな性格なのだが、俺たち転生者には普通に仲良くできてるのでそれほど問題視はしていない。



「ルル、駄目ですよ!あんな王様でもカシムの父親なんですから。そんなこと言ったらメーです!」



彼女はリリィ17歳、別に大人しい性格をしてるわけではないが、戦いをそれほど好きではない。その為武器で戦うのを好まず、全属性魔法、エクストラヒールを取得し、遠距離から攻撃や回復をこなす役割を担っている。



「おい、リリィ!いつも人を子供扱いすんなって言ってんだろ!!私はもう立派な大人だ!」



「いつも言ってるけどルルは私には子供にしか見えないから、それは無理なんだよ。」



「ちっ!やっぱりリリィとはやりにくいぜ。」



「俺はあの父親がどうなろうと一向に構わないですよ。まあ、頭が吹き飛ばされて死ぬのは同情してしまいますがね。」



「カシム、親だからって無理に助けろとは言わないが、そんな風に言うのもどうかと思うぞ。」



「すいません。父とは先日ハッキリと離縁してきたのでつい。」



「そうか…そこには俺もこれ以上は口出せないが、俺はみんなにもできればこの世界の家族も大事にしてもらいたいとは思ってる。」



「オリオンさん…」



「それで作戦は上手くいったのかい?」



「ルージュ、お前たちのおかげでかなりの数を救えたよ。」




 俺たちは先の戦いの間、死んでいった人間の死体を可能な限り集めて蘇生して回っていた。俺たちが本気で移動すればたとえSランク級の人間たちであれ、魔族たちであれ、その動きに気づくことなどそうそうできる筈もないのだ。



「救った人間たちはどうしてるの?」



「戦いが終わるまではこの地下に作った洞窟の奥で待機させておくかな?下手に今の時点で死んだことを目撃してた知り合いに会ってしまって大騒ぎになっても困るしな。実際、俺の知り合いを生き返らせたら、それなりに騒がれちゃったからな。」



「オリオンさんの知り合いも戦いに参加してたんですか?」



「ああ。俺たちはあの街でそれなりの期間冒険者してたからな。それなりに知り合いはいるよ。まして、俺は9年前に教会に処刑されたことになってるからな。俺の姿を見ただけであの世と勘違いして騒がれてもおかしくないだろう?」



「オリオン、そらあまり笑われへん冗談やわ!」



「メネシス、そうだな…笑えないよな。もう力も付けたし、俺たちの死を偽装する必要も無くなったしな。そろそろ俺も生きてることをみんなに説明してもいいのかもな。」



「そうね。私もその方がいいと思うわ!ギルマスたちならきっと私たちが生きてたことを喜んでくれるわ。」



「そうだな、一度生き返らせた人たちへ説明の時間を作るか…あまり神言にばかり頼るのもどうかと思うしな。」



 俺は意を決して、洞窟の奥へと歩き出した。


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