第42話

 俺の予想は当たっていた。魔族の住む辺境の地から一番近いヤーマン領は、突然現れた600名ほどの魔族たちによって破壊の限りを尽くされようとしていた。


 魔族たちは解放されたその怒りや憎しみの感情から、優しさや躊躇いなどの感情は排斥され、本来持つ圧倒的な力を十全と発揮させ正に殺戮のマシーンと化していた。動く者は老人であろうと、赤ん坊であろうと等しく惨殺され、命ある者は全て狩り尽くされていった。



「大変です!魔族が我が国を攻めて来ました!!その数約600!ほぼ全ての魔族による全面攻撃のようです!!!」



「な、何だと!?それでは先の暗殺事件はこの戦争の宣戦布告だったのか?」



「分かりません!魔族の軍は交渉など一切応じず、一方的に殺戮を繰り返すのみとの報告です。ヤーマン領は既にほぼ壊滅!全ての街や村を殲滅しながらここ王都へ向かってるとの予想です!!」



 王は余りの報告に一瞬思考を停止しかけたが、必死にそれに耐え命令を下した。



「国の全ての兵を集めよ!!また冒険者、研究者も含め、戦う能力のある者を全てこの王都に集結させるのだ!魔族と戦うには個の力では勝ち目はない!!数を集めよ!これは人類の存亡をかけた戦いだ!!!」



「ハッ!!」




 翌日、王の元には教会の最高権力者であるロモス・デミーラ大司教が訪れていた。



「王よ、話は聞きました。魔族の進行など神が許す筈がございません!教会も全力で国に協力させて頂きます。必ずや呪われし魔族どもを蹴散らしてやりましょうぞ!!」



「おお、頼もしいな!よろしく頼むぞ!!教会の力、頼りにしておるぞ!勿論討伐成功の暁にはそれ相応の報酬を約束しよう。」



「楽しみにしております。」



「お待ち下さい。至急、王と大司教様に報告したい旨があり、こちらに参りました。」



「ブラックではないですか…どうしたのです?お前には何故か生きていたカシム王子と魔族の暗殺者の討伐を任せていた筈ですが?」



「おおっ!では討伐の完了の報告であったか!」



「申し上げにくいのですが、討伐隊はカシム王子1人を相手に私を除いて全滅しました。たったの2回の攻撃だけで誰1人死体すら残らず死に絶えました。私もただ見逃されただけです。あれは勝ち目がありません。」



「な、なんですと!?」

「何だと!?」



「カシム王子としばらく語り合いましたが、とても信じがたいことに彼曰くあの9年前の処刑の日、間違いなく彼は一度死んだそうです。それを甦らせたのは我らが神ゼウスローゼン様そのお方であったということです。そして神は邪神の甘言を鵜呑みにして先走った教会を見限り、彼らと手を組んだとのことです。」



「なんですと!?あの時の神託が邪神の甘言だったというのですか?」



「真実は私には分かりません。しかし彼曰く、今回の魔族の暴走も邪神の何らかの策略だと睨んでるようでした。あの暗殺者の女1人では終わらないかもしれないと…実際、魔族は総攻撃を仕掛けて来ています。先日の被害でこの国の戦力はかなり減少してしまいました。Sランク級が8名とAランク級が40名ほどの被害です。これは魔族との戦争を前にかなり痛い戦力減です。」



「そんなに大きな被害であったか!」




 王は今更ながらに、あの時怒りのままに討伐隊を出したことを後悔した。こんな事態になるのが分かっているのであれば…いや、魔族に命を狙われた時点で十分にその可能性はあったではないか。。あの時見せたカシムの力はあの強力な魔族をも軽くあしらうことのできるほどではなかったか!剣神のスキルを持っていることも知っていた筈なのに儂は何故あんな命令を下してしまったのか…冷静に判断ができてなかったのは儂の方であったか…



「失礼を承知で進言させて頂きますが、もし彼の言う通りこれが邪神の策略であったとすれば、このまま魔族たちとまともにぶつかっても我々人類に勝ち目は薄いと思われます。さすれば、王と大司教様たちから彼ら転生者たちに助けを求めることが人類にとっての最良の道ではないかと苦言致します。」



「それは儂らに奴らに謝罪し、助けてくれと命乞いをしろと申すのか!?そんなことできるか!!そんなことせずとも儂の奥の手を使って魔族どもを蹴散らしてくれよう!!」



「おおー!そのような案がありましたか…私ごときが王にあのような失礼な進言したことをお詫び致します。」



「よい!儂の命令でお主も死にかけたばかりなのだ。そこから来る弱さであったのであろう。お前らを安心させてやろう。着いてくるのだ!!」




 王が案内したのは王家の者にしか開けられぬ宝物庫。この国が始まってからこれまで、優秀な鍛治士から生まれた一品からダンジョンで発見された伝説級の武具までありとあらゆる装備品が納められている。



これらを残っている強者どもに使わせれば、きっと魔族であろうと一網打尽にできよう!



扉を開けた王の思考はしばらく完全に停止してしまった。宝物庫の中には何も残ってなかったのだ。広い部屋の中一杯にところ狭しと置かれていた伝説級の装備品たちが何一つ無くなっていたのだ。



「王よ、ここは何の部屋なのでしょうか?ここに何か秘密が隠されているのでしょうか?」




 王は地に膝をつき、絶望した。



「この世の終わりだ!まさかこんな時に王家に代々受け継がれる伝説の武具たちが消え失せるとは…。」



奇しくも、カシムは狙いもせずに自分を見捨てた王家の代表である父に最大級の復讐を成し遂げた瞬間だった。その効果は絶大で、この魔族との戦争状態という緊急時に丸1日も寝込むほど絶望することになったのだった。




 魔族の進行の話は俺たちの住むラノバの街にもすぐに情報が回ってきた。



「やはりクラリスさんだけではなかったようですね。数は600くらいのようですけど、これってもしかしなくても魔族のほとんど全員ですよね?」



「ええ、元々年を取りすぎて動けない者や子供を除けばそのくらいじゃないかしら。私と違って他の魔族たちは少なからず人間に対して嫌悪感を持ってるのが普通だから、あの感情の侵食を受ければ確実に戦争に参加するでしょうね。」



「クラリスさんのような人間と仲良くしたいという魔族は他にどのくらいいるんですか?」



「私の知る限り、私を含めて3人ね。」



「少なっ!」



「そんなものよ。私が人間に興味を持ったのもそのうちの1人、メノウ様のおかげだしね。もう1人はメノウ様に仕える従者のラプラ様。二人は人間と争うよりも、今ある環境を少しでもよくしていくことに力を注ぐべきだとずっとみんなに訴え掛けていた人たちなの。」



「メノウさんにラプラさんか…その人たちまで人間を殺して回ってるかもしれないと考えるといたたまれないな。」



「ラプラ様はともかく、万が一メノウ様まであの感情の侵略に侵されていたら、人間は確実に滅びるしかないわ。」



「えっ?どういうこと?」



「メノウ様が持つ力は魔族でも別次元の存在なの。私が知る限り5000年以上一切老けることなく生きてるって話だわ。」



「えっ?それって最早完全に違う生物だよね?」



「ええ、でも本当に素晴らしい人格者なの。彼の教えと手助けがなければ私は危険を犯してまで人間の国へ行こうなんて思いもしなかったわ。」



「へー、クラリスさんはそのメノウさんのことを本当に尊敬してるんですね。じゃーその人がもし人間を襲っていたら止めたいですよね?」



「ええ、でももしその場合は誰にもあの方は止められないわ。」



「忘れましたか?クラリスさんの精神汚染を解除したのは俺ですよ?同じことをすれば元のメノウさんに戻るのでは?」



「なるほど!じゃーもしそんな状況ならお願いできるかしら?あっ、だけどそれには理性を失った攻撃的な魔族たちの中に飛び込む必要があるわ。カシムの話を信じるならあなたたち転生者なら魔族の集団相手でも簡単に倒すことはできるでしょうが、その場合魔族は皆殺しになっちゃいそうよね。


…同じ魔族としてはそれはそれで困るわ。私たち魔族だって滅亡なんてしたくはないわ。かといって魔族から一方的に戦争を仕掛けておいて今さら人間への攻撃の感情を無くしたら、それはそれで一方的に人間たちから報復を受けることになるのは魔族たちの方なのよ!」



「そうか…そう考えるとちょっと面倒ですが、人間も魔族も滅亡しない程度にうまく調整してみましょう!双方にそれなりの被害は出るでしょうが、それは許してもらえますか?」



「魔族から戦争を仕掛けておいて被害が全くなしで、全部救ってくれなんて無茶なことは言わないわ!でもどうするつもり?」



「それじゃ俺の案を話しますね。俺の案はこのまま人間に一度魔族に降伏してもらおうと思ってます。」



「えっ?そんな状況になれば人間はもうほとんど滅びたも同然の状況じゃない!」



「普通ならそんな状況にでもならないと降伏なんてしないでしょうね。むしろ存亡が掛かってるんですから最後の1人が滅ぶまで戦い続けるのが普通かもしれません。」



「だったら土台無理な話じゃない。」



「そうでもありませんよ!人間は何故自分達が攻められてるか分からないから最後まで戦うしか選択肢がないんです。このままでは勝ち目がないと思わせておいて、受け入れられる程度の要求を明確に提示されれば、逆にそれを受け入れざるを得ないのです。」



「言ってることの意味はなんとなく理解できたけど、具体的に何をするのよ?」



「それは簡単な話です。…」




 クラリスさんは俺の作戦を最後まで聞き、とても驚いていたが、結局その作戦に全てを賭けることに決めてくれた。早速俺たちはその準備を始めることにした。


といっても、やることは転生者の仲間たちを集めることだけなのだが…それもその理由がこの戦いに1人でも介入されると魔族が全滅させられてそもそも作戦もへったくれもない状況になりかねないからなだけなのだ。


まあそのついでに、転生者の家族や友人で死んでもらうと困る存在がいる場合は、俺の神言で安全な場所に待機してもらうことにしたのだ。









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