第41話

「分からない。あの時、突然心に人間への強い嫌悪感と怒りの感情に芽生え、気がついたらマリア王女に手をかけていた。今もこうして話してるが、その感情は確実に私の心を蝕んでいるのだ。気を抜くと、私はカシムに襲い掛かってしまうかもしれない。」



「そうですか…これはまた何かが起きてるようですね。もしかしたらこれもあの邪神たちの仕業かもしれませんね。あの二人は本当に録なことしませんから!」



「それじゃーどうしようもないわね。またいつか暴れだして、また大勢の人間を殺してしまうのね。」



「そんなことはありません!オリオンさんならきっと何とかしてくれますよ!」



「オリオンは神の使徒にでもなったの?」



「いえ、俺たちはただの転生者です。別の世界から生まれ変わってこのポータルマリアにきた存在です。」



「えっ?そうだったの?」



「ええ、だから俺たちはこの世界の常識にそれほど囚われずにいられるのだと思います。幼少期に魔族の恐ろしさを散々聞かされましたが、魔族は戦争でも起きない限り特に人間に害を成してきたわけでもないようですし、辺境の地に大人しく住んでるなんてとても悪い種族とは思えなかったですからね。むしろ人間の方に有利に作られた歴史でさえも大抵は人間の方が悪かったように思えました。」



「なるほどね。だからオリオンもカシムも私が魔族と知ってもそんな普通に接してくれるのね。」



「ええ、ですのでクラリスさんも俺たちに魔族だからって壁を作らなくて大丈夫ですよ!」



「ありがとう。私のこともクラリスと呼んで!もう私たちは友達でしょ?」



「そうですね。もう友達です!


あっ!せっかく親交を深めるために食事にしようと思ってたのですが、少々邪魔者が来たようですのでクラリスはここでゆっくり休んでいて下さい。」




 カシムの振り向いた先には、50名ほどの討伐隊の姿が見えていた。



「父には忠告をしていたのに…あれだけの戦力を失えばこの国の力はかなり減少するだろうに。本当に愚かだ。」



「ちょっと、まさかあれだけの兵たちをたった一人で相手するつもり?あんなの私でも無理よ!!逃げましょう…うっ!」



「まだ脱水症状が抜けてないのです。動かない方がいい。大丈夫です。すぐ済みますから。今の俺たちは強いんです!!」



 カシムは拝借した伝説の剣をアイテムボックスから取り出した。名は『覇王の剣』というらしい。



「新しい剣の試し切りにちょうどいい。」



その声が聞こえた時にはカシムの姿はそこにはなかった。クラリスが次に変化を感じたのは遠くに見えていた兵たちが巨大な雷鳴と共に吹き飛び、消し炭のように消えていく状況だった。



「何あれ!?」



次に起きたのは、まるで空まで届くような巨大な光の剣が顕現され、その光の剣が地上に振り下ろされ、そこにいた者たちをことごとく大地の染みに変えていった。


たった1人だけを残して…



「お久しぶりです、ブラックさん。9年前あなただけは俺たちを信じてくれようとしてくれていたから、一度だけは殺さずにいてあげます!」



「カシム王子…これはまたすごいお力ですね。Sランク級の強さを持つ者たちまで瞬殺ですか。。これが剣神の力ですか?」



「ええ、それとステータスも一応最大まで上がってます。」



「そこまでの力を得てあなたは何をしようというのですか?」



「あの時と変わりません。俺たちは2人の邪神に騙され、常に命を狙われてます。俺たちが、いやオリオンさんが望むものは俺たち転生者全員が安心して暮らせる日々を得ることだけですよ。


教会はあの時、自らの信仰する神と仲良くしてる俺たちの話を完全に無視し、邪神の話を信じた。その結果がどうなるか俺は少し楽しみです。」



「それではあの時の話はやはり全て本当だったと?」



「ええ、俺たちはあの処刑された日、直接ゼウスローゼン様とお会いしました。そのおかげで俺たちは今も生きている。いや、間接的にだが生き返らせて頂いたのだ!そして教会の大司教が聞いたという神託は間違いなく邪神が俺たちを殺すために仕込んだことです。教会は今や完全に道化です。


そして王家も俺の忠告を無視して、これだけの戦力を失うことになった。あの邪神どもはきっとこれだけ力を失った人間たちを放置してくれないと思います。今回の彼女のこともその始まりでしかない…そんな予感がしています。」



「もし人類に危機が生じたとき、あなたたち転生者たちはどうするおつもりです?あの時裏切った人類を見捨てますか?それとも…」



「それは俺には分かりません。正直俺にはどうでもいいことです。王家も教会も滅べばいいと思えるくらいには興味ありません。さすがに人類が滅亡するのはどうかと思いますが、それはそれで自分らの招いた結果なのでは?


ただこれは俺の個人的な予想ですが、オリオンさんはそれでも人類も国も教会も全てを許して、救うのではないかとは思ってます。俺はオリオンさんの決めたことなら、全てでも救いますよ。」



「それだけの力を持っても自分では何も決められないのですか?」



「俺はオリオンさんについていくということを自分で決めたんだ!それに俺の力なんてオリオンさんの足元にも及ばない。本気で戦えば数秒も持たずに死ぬのは俺ですよ。」



「馬鹿な!あの少年がたったの9年でそんなに強くなれる筈がないではないか!!あなたのように恵まれたスキルを持てたからこそ、その強さなんですから。」



「分かってないな…あの頃のオリオンさんは、戦闘用のスキルなんて1つも持ってすらなく、ステータスも200のままあなたと戦っていたんだ。あの時オリオンさんが使っていたのは工夫して使っていただけでただの生活魔法だ。それだけであれだけの強さを持っていたオリオンさんが…ステータスは最大に上がり、スキルを取得してしまえばどんな強さになるか想像がつきますか?ずっと一緒に見てきた俺ですら全く想像もつきませんよ。」



「馬鹿な!あの強さが未成年と変わらぬステータスでスキルすら保持してなかったなんてあり得ません!」



「9年前の教会も自分等に不都合な真実は結局何も信じずに、自分等に都合のいい邪神の言葉を信じた。今のあなたはそれと同じにしか見えません!あとは自分で考え、勝手に好きなように報告したらいいです!!


俺は今回は助けましたが、次に対峙したら何の躊躇いもなくあなたでも父でも殺します!それだけは忘れないことです!!」



 ブラックさんはそのまま無言で来た道をゆっくりと歩いて戻っていった。カシムはすぐにクラリスの前に戻って、「ご飯にしようか!」と声をかけたが、カシムの強さを目の当たりにしたクラリスはそれどころではなかった。


カシムはその強さについての質問攻めにあったのは言うまでもないだろう。




 それから3日後、俺とアリエスが俺の実家でゆっくりとしていると、街が何やら騒然としていたので俺たちも様子を見に外に出た。



「何かあったのですか?」



慌ててる人に声をかけると、「魔族がこの街に攻めてきたんだ!お前も大切な物だけ持ってさっさと街から逃げるんだ!!」と返事が返ってきた。だが周りにそんな殺気は感じられない。


騒ぎの元となってる現場に行ってみると、カシムと魔族の姿をしたクラリスが街の前で兵たちに囲まれ、困ったような顔をしていた。俺たちはジャンプして、人混みを乗り越え2人の前に降り立った。



「カシム、それにクラリスさんだよね?これは一体何の騒ぎなの?」



「オリオンさん、ようやく会えました。この街に近づいただけでこの状況になったのです。丁寧にオリオンさんに取り次ぎをしてもらおうと語り掛けていたのですが、「ここは魔族が来るところではない。帰れ!」の一点張りで困っていたところです。」 



「クラリスさんは変化できるのに何故その姿で街に近づいたのですか?こうなることは予測できたことでしょう?」



「それは変化しようとしたらカシムが、「そのままのクラリスが一番美しいから、自分を偽る必要なんてない!何かあれば俺が君を守る!」と言ってくれたからよ!私だって好きな男の言葉くらい立てるわよ!」



「えっ?好きな男?え?えええー!?いつの間に2人がそんな関係になったの?マジ?へー!」



「私もこの展開は驚きだわ。クラリスさんが魔族であることにも驚きだけど、カシムとできちゃってるの?後で詳しく教えて頂戴ね!でもこれじゃーゆっくり会話すらできないでしょ?クラリスさんはいつものようにエルフになってくれる?オリオンはこの状況を適当に収めてくれる?」



「オッケー!ただの見間違いからきた勘違いってことで収めとくわっ!」



俺は神言を使い、ここで起きたことを記憶を多少弄ることによって落ち着かせた。



「本当に記憶を操れるのね?それもあんなに簡単なことのように…」



「カシム、いつも自分の目的を果たす為に一番無駄のなく、他人に迷惑をかけない方法を選ぶように言ってたよね?わざわざクラリスさんを本来の姿で俺たちのところへ連れてくるなんて、騒ぎになる上、俺たちに迷惑を掛けると考えられなかったのかい?」



「すいません。クラリスさんがあまりに素敵過ぎて、変化するのがもったいなくてつい…」



「呆れた…でもあのカシムとあのクラリスさんがこの短期間にどうやって出会い、どうやって結ばれたのかじっくり聞かせてもらうからね!」



「アリエス、その前におそらく俺たちのところへ来なくてはならない理由があったからここに来たんだよね?そっちが先だと思うよ!」



「そうなんです。クラリスは突然人間に対して強い怒りや憎しみの感情が膨れ上がり、最初は人間に襲い掛かっていたんです。今は自制心で押さえ込めてるようですが、かなり辛いようです。」



「そんなことが…じゃーちょっと試してみよう。」




 俺は神言を使い、クラリスさんの心の中にある人間への怒りや憎しみの感情を消してみた。



「あぁ…もう何ともない。本当に元に戻った!オリオン、本当にありがとう。これでもう大好きな人たちを傷つけずに済むわ。」



「ふう。それは良かった!じゃー続きの話は俺の家に行ってからしよう。」




 家に戻りこれまでの詳細の話を聞いた俺には、この一件はこれで終わる話ではないように感じた。



「なあ、カシムも考えたようだが、これはおそらくあの邪神たちの仕業だと俺も思う。あの邪神たちがクラリスさん個人だけを狙ってこんなこと仕掛けて来ると思うか?人間好きで優しいクラリスさんでもそんなことになるんだ。


もし今回のことが魔族全員に起きてたとしたら、魔族たちはすぐにでも全員で戦争わ仕掛けてくるんじゃないのか?」




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