第40話
「お前はカシムか!?まさか…死んだのではなかったのか?」
そう、王を助けたのはカシムだった。
「本当はこっそり用事だけ済ませてこんなところ出るつもりだったんですが、こんな場面に出くわしては仕方ないですね…お久しぶりです、父上。」
「今のはお前が放ったのか?」
「ええ、父上なら俺が剣神のスキルを持ってる情報くらい掴んでたでしょ?今のはその中では威力が低い技を手加減して放ったんです。」
「何故手加減するのだ?あの魔族を殺そうと思えば殺せたのではないのか?」
「それをすれば父上もろとも殺すことになってましたが、それでもよかったのですか?それに俺はあの魔族を殺すつもりはありませんので。」
「な、何だと?どういうことだ?」
「父上は黙っていて下さい。俺はもうあんたたちと関わる気なんてないんです。9年前教会が俺たちを処刑しようとしてるのに何もしてくれなかったあなたたち王家は俺の中でもう赤の他人だ!俺の今の家族はオリオンさんとアリエスさんを中心とした転生者の仲間たちだ!!
今助けたのは呪いの起動までの間育ててくれたことへの義理です。俺が用があるのはそっちの魔族の方です。父上が俺の邪魔をしようとするのなら、俺が殺してあげますよ!」
「なっ!父親に向かって何だその口の聞き方は!!」
「なら父親らしいことをしてから言ってください!カマイタチ!」
カシムが軽く剣を振るうと、王の周りの地面を切り裂く風の刃が起こった。
「その線よりこちらにきたら、俺は遠慮なく父上でも殺しますので、死にたくなければ黙ってそこで石のように固まっていて下さい。」
「ぐっ。」
「俺はカシムです。あなたは間違えてなければ、俺の尊敬するオリオンさんとアリエスさんの友人であるクラリスさんではないですか?エルフと聞いていたのですが、先ほどの会話を聞いて本人ではないかと思い、声を掛けさせて頂きました。お二人から強く、心の優しい方と伺っていたのでこのようなことをされてるのにも何か事情があるものと思います。よければその理由を教えて頂けませんか?理由次第では手伝わせてもらいます。」
「な、カシム、貴様は何を言ってる!魔族に協力するなどふざけたことをぬかすではない!!」
「外野は無視して下さい。」
「人間は殺す!殺す!殺す!」
クラリスは次々に魔法を放ち、カシムを攻撃してきた。
「…どうやら何かに操られてるか、理性を失ってるようですね。仕方ない。一旦気絶させ、オリオンさんたちのところへ連れていきます。少し痛いのはご容赦下さい。」
カシムは魔族であるクラリスですら消えたと錯覚する速度で後ろに回り、クラリスの首に手加減して手刀を当てた。
「がっ!」
クラリスはそのまま気絶し、カシムに抱えられた。
「でかした!その女をすぐにこちらに寄越せ!!」
「線から出れば死にますよ?この方は俺の家族のご友人です!あんたの命より何億倍も大事な命なんです。追っ手を出すのは構わないですが、全員死ぬことになるのでお勧めはしません。ではもう2度と会わないと思いますが、お体をお大事に。」
カシムは王の前から一瞬にして姿を消した。王はしばらく呆然としていたが、すぐに我に返り兵たちを集めさせた。
「カシムが生きていた!そしてをこともあろうことか儂の命を狙った魔族を友と呼び何処かへと連れ去っていった!奴らを追って、必ず殺せ!!」
王は愚かにも、カシムの忠告を無視して教会にも協力を仰ぎ、多くの兵を2人の討伐に駆り出してしまったのだった。その中にはSランク級の実力を持つ希少な人材たちまでも何人もいた。今のカシムを相手をするのには普通のSランク級など何人いようと相手にもならないことを理解すらできずに。
そもそもカシムが城を訪れたのは、城の宝物庫にある武具を持ち出す為だ。この世界の命運を握る戦いをしようとしてる自分らが有能な装備を使うことが世界の為になると判断し、王家の血を引く者しか開けることのできない宝物庫の中にある伝説級の装備品たちを拝借しにきたのだ。
盗むことは悪いとは思ったが、自分が一番苦しいときに見捨て、武器まで取り上げ追い出したあの連中の宝が、倉庫でただ眠っている状況なのをカシムは許せなかったのだ。それならば世界の為に命を賭ける仲間たちの、いや新たな家族たちの為にそれが有効的に利用されることを選択したのだ。
宝物庫の中身は全てアイテムボックスに入れている。その帰りに今回の騒ぎを見つけ、俺たちから聞いていたクラリスのことを思い出し、行動を起こしたのだ。
カシムは城を出ると、街の入り口に停めていた馬車のところへ向かい、俺たちのいるラノバの街へ向けて移動を開始した。これは距離にして馬車で5日ほどの距離なのだが、カシムにとっては長い旅となった。
その理由の1つがクラリスが起きる度に大暴れをし、馬車も馬もすぐに破壊されてしまったのだ。仕方ないのでカシムは気絶させたクラリスをおぶり道中歩く羽目になってしまったのだ。
さらにクラリスは食べ物を食べさせようとしても、攻撃しようとしてくるばかりで何も食べようとしてくれないばかりか、飲み物ですら一切飲もうとしてくれなかったのである。途中からは急いで俺に診せる為にクラリスを抱えたまま走って移動した。
それでもさすがに馬車で5日の距離を人間1人抱えての長距離移動である、それなりの時間がかかってしまう。いつまでも飲み物すら摂取しないままでいられる訳もなく、クラリスは脱水症状に陥ってしまう。
そこでカシムは意を決し自身の口に水を含み、クラリスの口に直接口移しで飲ませていった。その行為がクラリスの大切な人を自らの手にかけてしまった後悔で閉ざしてしまった心を引き戻すきっかけとなった。
えっ?私は何を?…この人はだれ?私は何故この人にキスをされてるの?分からない…分かるのは私がマリア王女を殺してしまったということだけ。他のことなんてどうでもいい。。
「って、どうでもいい訳ないでしょ!!何を勝手に人のファーストキスを奪ってるのよ!?」
「おお、もしかして正気に戻ったのですか?」
「正気に?私は一体何を…?」
「さっきまでのクラリスさんは意識があれば他人を無差別に襲う状態がずっと続いていたんです。余りに暴れるから気絶させては、抱えて移動していました。ただ食べ物も飲み物も一切取り込んでもらえなかったので、とうとう脱水症状を起こして危険な状態に陥ってしまったんです。
命の危険がありましたので、口移しで水を飲ませていました。まさかファーストキスを奪ってしまうとは思ってませんでした。ただ俺もクラリスさんとが初めてなので許してもらえると助かります。」
「あなたも初めてだったの?そんなにカッコいいのに?」
「えっ?あ、ありがとうございます。クラリスさんこそすごくお綺麗です!俺はカシム・ルイ・カルナックと申します。」
「わ、私が綺麗!?私今魔族の姿をしてるのに?あなたの感覚おかしいわ!えっ?待って!カルナック?まさか王子様?マリア王女のお兄様ですか?」
「一応そういうことになるかな。俺は10年近く前に王家から捨てられた身ですけどね。」
「まさか…なぜそんな方が私を助けようとしてるの?私はマリア王女に仕える身でありながら、その主をこの手で殺してしまったのです。あなたには仇として恨まれてもおかしくない筈です。」
「さっきも言いましたが、俺は王家から捨てられた身です。昔のマリアの顔は一応知ってますが、会ったことがある程度のものです。家族というよりも他人の方が近い間柄です。
俺にとってクラリスさんはマリアの部下としての印象よりも、オリオンさんとアリエスさんの友人としての印象の方が強いのです。」
「えっ?あなたオリオンとアリエスのことを知ってるの?教会に処刑されたって聞いてるわ。残念な人たちを失ったわ。」
「オリオンさんとアリエスさんは生きてますよ!あの時教会に一緒に処刑されたことになってるのが俺なんです。」
「ハッ?ごめんなさい。言ってることが理解できないのだけど…あの時私は直接見てないけど、何百人もの人たちの前で首を吊って処刑されたって聞いてるわ。」
「はい。実際に俺もアリエスさんもあの時一度死んだんです。その後神様に救われ、オリオンさんは一命を取り止め、俺たちを蘇生してくれたのです。その後、ある力でその場にいた人たちの記憶をいじって俺たちは死んだことにしたんです。」
「ちょっと待って…突っ込みたいことが多すぎて、何から突っ込めばいいか分からないわ。神様に助けられるって何?蘇生なんてできるわけないでしょ?ましてそんな大勢の記憶をいじることなんてできるわけないでしょ?」
「俺たちと神様は同じ邪神と戦う同志なので、力を貸してくれたんです。蘇生は俺たちの仲間でもオリオンさんしか使えませんが実在します。その記憶をいじるスキルに関しては俺もいまいち理解できないので説明できませんが、その力も蘇生の力もオリオンさんにその時に神様が与えた能力です。」
「嘘…本当に神様なんて存在するの?そ、それじゃーオリオンに頼めばマリアの王女は生き返らせることができるの!?」
「残念ですが、それは不可能です。蘇生は死後30分以内でないとできないらしいです。もうあれから3日経過してますので…」
「そう…でもオリオンはスゴいのね。神様にそんな能力を与えられるなんて…」
「はい!オリオンさんは本当にスゴいんです!!あんなに優しくて心の強い人を俺は他に知りません。いつだって俺たち仲間を導き、守ってくれる偉大な存在です!!」
「カシム様は余程オリオンのことが好きなのね!」
「はい!大好きです!!オリオンさんの為でしたらいつでも死ぬ覚悟はあります。ただ…あの方は俺がそんな死に方をすることは決して許してくれません…だから俺はあの方と共に生きながら守ることを誓ったんです!!
それと俺のことはカシムで大丈夫です。何度も言いますが俺は王家の人間ではありませんから。」
「へー!羨ましいわ。」
そう言うクラリスの顔には陰が刺した。
「マリアのことはクラリスさんのせいではありません。先ほどまでのあなたはあからさまに何かに操られていました。一体あの日何があったのですか?」
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