第36話

 白を基調に豪華に彩られた巨大な建造物である大聖堂は、ローゼン教が束ねる全ての教会のシンボルであり、憧れの場所である。その大聖堂の東側にある塔の最上階にある一室に俺たちは閉じ込められていた。



「何とか生き残れて良かったな。」



「良かったじゃないですよ!何故俺なんか見捨ててくれなかったんですか!俺はあなたたちに迷惑しか掛けていない!あんな状況でまで助けてもらえるような人間じゃないんです!!あなたたちの命は俺なんかよりはるかに貴重で、大切なものなんです!!」



「命の価値なんて世界からみれば皆平等だ!俺たちの命の方が貴重に感じてくれてるとすれば、カシムにとっては自分の命よりも俺たちの命の方を大事に思ってくれてるというだけだ。その気持ちはとても嬉しいよ!!」



「くっ、何を言っても分かってくれそうにない!あなたたちは人の運命を変える力を持つ方たちなんです!俺たち転生者たちはあなたたちのお陰であの地獄の運命から救われました。


転生者はこれまで大勢この世界に転生してきたと思います!その中で神が絶対に解呪させる気などなかったあの呪いを解呪することを成したのはあなたたちだけです!!それがどれだけ偉大なことなのか、自身でも少しは理解して下さい!!


俺の命なんて100万回捧げたって、あなたたちが生きてる方が世界にはいいのです!!」



「そうか…それならそれでいいが、でもそれならカシムも生きてる方がさらに世界にとっていいのではないのかな?少なくとも俺はそっちの方がいいと思ってるよ!だからカシムも生きててくれて本当に嬉しいんだ!」



そう笑いかけてくるオリオンにカシムは何も言い返せなくなってしまった。自分なんかとは器の大きさが違いすぎることを感じずにはいられなかったのだ。



「ただ…助かったといっても、まだギリギリだ。力では絶対に敵わない。これからではスキルも得られない。やれることは交渉しかないんだ。幸い俺たちは交渉の奥の手が残ってる。だが今はそれが使えない。


だから最悪時間を稼がないといけない。だけど絶対に嘘は何一つ付いてはいけない。どんな不利な内容であっても必ず真実だけを話すようにしてくれ!


聖職者の中には人の嘘を何となく感じられる能力を持つ者もいるんだ。俺たちの恩人であるマリネさんもその1人だった。きっとこれからの話合いにはそんな能力を持つ者が必ず同席する筈だ!」



「分かりました。」

「分かったわ。」



「まあ、難しく考えず、分からないことは分からない。知らないことは知らないと言えばいいだけだ。ただ敢えて自分からわざわざ話さないでいいことまでべらべらと話す必要はない。特に俺たちのスキルについてとかね。といってもカシムは剣神のスキルについてはバレてるから必ず聞かれるだろうけどな。」



「ですよね…分かりました。」

「そうね。」



コンコンコン


そうしてるうちに扉が叩かれた。中に入ってきたのは、俺たちと戦った暗殺者たちのリーダーであるブラックである。すぐ後ろにはパープルと呼ばれた回復魔法を得意とする女性と、俺から速攻で吹き飛ばされたグリーンが控えていた。



「これよりお前たちを大司教様の元へ連れていく。くれぐれも失礼のないようにして下さい!そのようなことがあれば私はすぐにお前たちを殺しますからね。」



「分かってます。拘束具を付けられてないことでブラックさんの誠意を感じてますから、俺たちもその誠意に応えるのが当然です。それも俺たちの実力を把握してるからの余裕なのかもしれませんが…ハハ。」



「そのどちらもですね。ひとまず悪いようにはしないと約束しましたからね。」



「俺たちはそんな口約束を守る必要もないくらいの立場なのも理解してるつもりです。」



「本当に君は見た目と中身が一致しない少年だ…」



「一応転生者なんで、中身は30年以上生きてますので。」



「なるほど。では着いてくるんだ。」




 案内された部屋に入ると立派な白の祭服を纏った真っ白な髭を大量に生やした優しそうな初老の男性が鎮座していた。赤い服を着せればサンタクロースだなとつい思ってしまったのは仕方のないことだろう。


しかしその優しそうな面持ちとは裏腹に、俺たちのことを見る目は全く笑っておらず鋭い眼光で睨み付けてきていた。おそらくこの方が大司教様であろう。




「ようこそおいでくださった。私がこのローゼン教を取り纏めているロモス・デミーラです。あなたたちの話はそこにいるブラックから聞いております。あなたたちが転生者であり、別の世界から来たものという話は本当ですか?」



「はい、本当です。この世界ではない地球という世界からやってきました。地球には魔法というものが存在しない世界です。その世界で俺たちはこのポータルマリアのような異世界に憧れて暮らしていました。


それを利用したのが現在この世界の神をしている元邪神であるファーレとベトログです。俺たちを三問芝居で騙し、20歳で死ぬことになる呪いと自分を転生者と名乗れば死ぬ呪いを掛けた上、この世界へと転生させました。


その当時の俺らには分かってませんでしたが、それはその呪いのことで苦しむ俺たちを見て楽しむ為の転生だったのです。」



「魔法が存在しない世界ですか?それはまた不便な世界ですね。それで現在この世界をその邪神たちが治めてるというのは真ですか?」



「それは間違いありません。俺たちは転生の際、その2人の神たちと実際に会っています。そして後に、俺と妻のアリエスは偶然にも同じベトログの呪いに苦しむ神獣コカトリスと出会いました。彼は地上に封印された主ゼウスローゼン様を救う為に地上に降り立ったそうです。


出会った当時の彼は呪いで存在が消されかけていました。それを自らの力の殆どを使うことで一時的に抑え込んだのです。そのまま俺たちが500万GPを貯めて呪いを解呪できるようになるまで共に行動していました。」



「500万GPを貯めた!?それはまたすごい話ですね!それでその神獣コカトリス様は今何処に?」



「彼は解呪に成功すると、主であるゼウスローゼン様を探しに別行動を取りました。今度のことを証明する為にも一度来てもらおうと心話で声を掛けているのですが、現在通信ができない場所にいるのか連絡がつかない状況です。


俺たちの言ってることが嘘ではないと証明する為にも、彼と一度会って頂きたい!彼と連絡がつくまで、もうしばらくお時間を頂きたい!!」



「ふーむ。俄には信じられぬ話ばかりですが、ナーシャどうでしたか?」



「ロモス様、信じられぬことですが、彼は一切の嘘をついていないようです。」



「そうですか…それでは何故その転生者たちが教会に害意を持ったのですか?ましては国家を転覆しようなどと考えたのですか?」



「待ってください。私はこの国の第3王子として生まれたカシム・ルイ・カルナックです。それは私があの収容所でのことで一方的に教会に対して不信感を持ち、あの場で暴走してしまっていたのです。後にオリオンさんに諭され、教会の上層部が私たちを守ってくれていたことを理解しました。


今はそのような恐ろしいことは考えておりません。」



「なるほど。しかしあなたは、王家に生まれた者であり、調べによれば剣神のスキルを取得できるそうですね?そのような者が、あのような大勢の前でそのような発言をしておいてただ一言暴走しましたで済まされるとお思いですか?


仮に今はそのような気持ちがなくとも、また同じようにコロコロと考えが変わらないとは思えません。教会としても、この国の1人の民としてもあなたの存在は危険視するしかありませんね。」



「もし、私の存在が教会に…この国にとって危険だと思われるのでしたら、私のことは処刑されても構いません。だがオリオンさんとアリエスさんはこの国の未来にも、いや、この世界の未来の為にも必ず必要となるお方たちです。私たちを呪いから救って頂き、王都まで送り届けて頂いたタイミングで、私が勝手に暴走したことにより巻き込んでしまっただけなのです。」



「カシムっ!!せっかく共に生き残れたのに、そんなに簡単に自分の生を手放そうとしないでくれ!俺にはカシムの命も大切なんだ!」



「うっ…」



カシムは俺から目を反らすだけで何も返事をしなかった。




「話は反れましたが、どうやら嘘はないようですね。あなたたちの今後については少し検討したいので、もうしばらく先程の部屋で待機していてもらえるかね?」




 ロモス大司教は再び悩んでいた。教会でも真偽を見破るのに一番長けたナーシャによれば彼らは何ら嘘偽りは述べてないということである。様子をみる限り、教会へ楯突く様子はなく、カシム王子も反省し、他の2人の為に命を差し出す覚悟すらあるのも偽りではないようなのだ。


しかし、彼の話したことはとても信じられない内容なのだ!自分等の信仰する神が邪神によって封印され、その神の座をその邪神によって奪われてしまっているなどあってはならぬこと…もし本当ならばそれは教会の信仰そのものが意味をなさぬものへと変えうる事実である。


現在は箝口令を敷いてるが、もしこんな噂が広がれば大変なこととなってしまう。人の口に戸は立てられぬのだ。結論は早急に出すべきだ。



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