第28話
「ナジムさん、その岩の手前に罠があります!落とし穴みたいです。」
俺はトリスからの情報を元にダンジョンの罠を全て避けていく。流石にラムーダダンジョンよりも難易度が高いダンジョンだけに罠の数も、罠の精度も確実に上がっていた。高速で移動する際には俺だけでは余程気をつけておかないと見逃しそうであった。その問題もトリスがいれば何の心配もいらないのだから本当に助かる。
バラドスダンジョンでの戦闘は、前情報通り全ての魔物が何らかの状態異常を持つ魔物ばかりで、単純な強さだけでは計れない戦いにくさがあった。さらに俺たちを苦しめたのは…いや、主に女性人2人を苦しめたのはその見た目の悪さであった。
全長4メートルを越える8つ目の毒蜘蛛の集団に囲まれるのを想像して欲しい。普通の虫と違い、細かい造形まで目に入ってしまうのだ、虫を苦手としてなくとも気持ち悪いという感覚に襲われるのは仕方のないことだろう。
さらに最悪だったのは、このダンジョンにかなり多く生息しているビックジーという魔物の存在であった。これは地球でもGと略されることのある生物、そうゴキブリが全長3メートルほどに巨大化した上、噛みつき攻撃に麻痺毒を持った魔物になった存在である。
男の俺でもあの黒光りした巨大な体で飛んで来られるのにはかなりの嫌悪感があるのだ。女性陣が平気な訳がない!俺たちはここの魔物に直接触れることに嫌悪感がある為、遭遇し次第、遠距離から魔法を使ってひたすら倒しまくった。その光景ですら慣れるまで吐き気がする代物だったのだ。
ナジムさんは遠距離からの攻撃手段がナイフの投擲のみとこの戦い方と相性が悪いので、万が一にも魔法を抜けられ近づかれた際に女性陣に絶対に近づけさせない為の盾役となった。実際は殆どすることのない役目なのだが、失敗が絶対に許されない為、一番緊張を強いられたのだ。
その理由は先ほど結婚を約束したマリネさんが、初めて見るビックジーだけは生理的に受け付けなかったらしく、ナジムさんに万が一近づけたら「私があんたを殺す!」と言い渡された為である。
真面目なナジムさんはその言葉をそのまま受け取り、本当に命懸けでマリネさんを守る覚悟で防衛しているのだ。
本来は最初の1回目の探索は2日かけてクリアする予定としていたのだが、こんなダンジョンの中では絶対に夜営なんてしたくないという女性陣の強い希望でそのままボス部屋まで直行することにした。
ボスの姿を確認した女性陣はそれだけで鳥肌を立てていた。バラドスダンジョンのボスはビックジーの上位種であるクイーンジーと3匹のビックジーだった。クイーンジーとは、ビックジーをさらに巨大にした姿をしており、攻撃力は大したことない。だがひたすらに固く、傷を負ってもすぐに回復していく超回復というスキルを持っており、倒すのには苦労する。さらに厄介なのはひたすらに繁殖をして超速度でビックジーを永遠に増やし続けていくのだ。
「もうっ!最後まで本当に最低のダンジョンね!」
「もう早く外に出たい…」
アリエスもマリネさんも精神的に疲れ果ててしまっているようだ。だが考えようによってはこのボスは俺らには素晴らしい相手なのではないのでろうか?
「なあ、あのクイーンジーを放置して、生み出されるビックジーを倒していけば無限にGPが稼げるんじゃないか?」
「「却下!!」」
アリエスとマリネさんに間髪入れぬ怒声の一言の下に却下されてしまった。
「他にGPを稼ぐ方法がないのなら仕方ないけど…敢えてそんな方法は取りたくないわ!見てるだけでも気持ち悪いのに、この狭い部屋がビックジーの死骸だらけになっていくなんて考えるだけでもおぞましいわ!!」
「そうだよね…ごめんなさい。」
「オリオン、お前は勇者か?これまでの2人を見てきたのに、よくそんな案を提案できるな!!下手をすれば殺されるぞ!?」
「そんなにですか?」
「優しい女ほど怒らしたら怖いんだぞ!!マリネは俺の出会った女の中で間違いなく一番優しい女だ!だが以前一度だけあいつを怒らせたことがあるんだ…俺はそれを思い出すだけで…」
「オリオン!」
「ナジム!」
「「はい!!」」
「今はボスと戦ってるのよね?おしゃべりしてる間にもビックジーが着々と増えてるんだけど?」
「すいません!すぐに倒します!!」
俺は背中に冷や汗をかきながら、最大出力で水のレーザーを連発した。クイーンジーの体にはあっという間に200を越える穴が空き、反対側が覗き見れる状態へと変化した。
しかし、クイーンジーはそのレーザーに巻き込まれ死んでいったビックジーの死骸を補食しながら急速に回復していった。どうやら死骸を補食して超回復のエネルギーとしてるようだ。
「面倒なボスだな!補食できないように死骸は全部焼いてやる!!」
俺は火炎放射でクイーンジーごと周りのビックジーやその卵たちを焼いていった。その効果は絶大でクイーンジーはその焼けた体を回復することができないようだ。
だがクイーンジーやビックジーが燃えた煙が部屋に充満し、それを吸った俺たちが今度は悶えることとなったのだった。
「くっせー!!」
「それにこの煙には毒効果もあるみたい!すぐ解毒するわ!!」
「オリオン、早く止めを刺して!戦闘が終わればこの煙も消える筈よ!」
俺は再び全力でレーザーをクイーンジーが絶命するまで放ち続けた。クイーンジーは500を越えた穴が全身に空いているにも関わらずなかなか死なず、1000を越えたところでようやく倒れた。
アリエスの言った通り、戦闘終了と共に煙は消え失せたが、その悪臭は未だに残っていた。
「ハアハアハア…な、なんてしぶとさだ!!さすがゴキ!ちゃんと対策を考えないとあれが4匹同時は倒しきれないかもしれない。」
「ねえ、オリオン君、本当にこのダンジョンを1000回もクリアするつもりなの?」
マリネさんが顔を真っ青にして聞いてきた。
「正直、私もこれを毎日3年間籠るのは精神的にキツいものがあるわね。」
「対策と慣れだとは思うけど…そんなに辛いなら、他の方法でGP集めるしかないかな?ひとまず体を洗おう!匂いが付いてそうだしな。」
「それは賛成…私の出番ね!」
「マリネさんのクリーンの前に、俺の魔法で物理的に一通り洗ってしまいます。」
ラノベによっては生活魔法に分類されることの多い『クリーン』という魔法だが、この世界では回復魔法に分類される。怪我をした部位を洗浄したり、さらにおそらくは除菌までしているのではないかと思われる。
その証拠にクリーンをすると、汚れだけでなく臭いも消える。臭いの元になる菌を殺してるのだろう。ただし、基本は部位をキレイにする魔法なので、全身を対象に使用するのにはあまり向かないそうなのだ。魔力の消費が著しく激しくなり、先日クリーンをしてもらった後、あからさまに疲労の様子を見せていた。
「物理的に?何をするの?」
「うーん、説明するより実際にやった方が分かりやすいですよね。」
みんなに一塊に集まってもらい、ある魔法を放った。これはウォーターと点火を合わせて大量のお湯を作り、顔以外の部分を風呂のように浸かれる魔法である。さらにそれを維持したまま、そよ風で回転の力を加えると洗濯機風呂の出来上がりである。
「不思議な魔法ね?何だか気持ちよいわね!それに疲れが取れる感じがするわ♪」
「これは以前アリエスが風呂に入りたいって駄々をこねたので、作った魔法です。ついでに着てる服をある程度はキレイにできるんです。」
「えっ?今魔法を作ったって言った?」
「あっ!」
「オリオン、自分から秘密バラしてどうするのよ?ギルマスに怒られるわよ?」
「おい、オリオン!どういうことだ?」
「お二人は仲間なんで素直に話しますが、これは王都のギルマスから口外することを禁じられてることなので他には言わないで下さい。実は俺やアリエスの使う魔法は全て自作の魔法なんです。
スキルを使わないから俺たちの使う魔法は全て無詠唱で使ってるでしょ?」
「無詠唱のスキルを持ってるんじゃなかったのね?それにしても魔法を自作できるなんてすごいわね…」
「基本となるのは生活魔法なんで、作れる魔法も決して万能ではないですけどね。」
「生活魔法だと?あの威力の魔法が!?まさか…嘘だろ?」
「覚えてませんか?オークキングたちとの戦いの時、俺はまだ未成年だったんですよ。既に魔法を使っていたでしょ?」
「そういえばそうだったな…考えると末恐ろしい奴だな!」
「そうなれるようになる為にも、呪いを解呪して生き残らないといけないんですけどね…」
「いけそうなのか?」
「今のダンジョン攻略で道中で約2500ポイントほど、クリアの副賞で1000ポイントもらえてます。今日はゆっくりと戦っていったので道中のポイントは多めでしょうけど、急ぎめでもおそらくクリア報酬と合わせて3000ポイント。約800日の攻略で解呪できる準備が整う予定ですね。」
「約2年ちょいか…マリネ、あの時俺たちはこいつらに命を救われている!俺はこいつらにあの時の恩を返してー!お前がこのダンジョンを生理的に苦手としてることは分かってる。どうしても無理なら他の方法を探すが、どちらにしろこいつらの命を救えるまでは俺はこいつらの為にできることをしてやろうと思っている!マリネもそれに付き合ってくれねーか?」
「ふう、今さらね!私だって2人を救いたいに決まってるわ!!本当は嫌だけど、このダンジョンも我慢するわよ!!今日の探索で貯まったGPで『エアクリーン』のスキルを取れば何とか我慢できる筈よ。」
「おお!エアクリーンを使えるようになるのか!そりゃいい!」
「二人ともありがとうございます!とても心強いです。」
「ところでエアクリーンって何?」
「エアクリーンはね、私を中心として周りの空気を綺麗なまま保つ補助魔法よ。毒ガスを吐く魔物対策に使われるわね。この中にいれば臭いの心配もないわ!」
「それいいですね!あの臭いを嗅がなくていいのならまだ我慢できそう。」
「そうでしょ。あの見た目の気持ち悪さはどうしようもないけどね…」
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