第10話

「あれは…何だ!?鳥の魔物?ドラゴン?」



まだ目標とはかなり遠い木の上に登り、俺たちはそれを観察していた。予想通り、何かに蝕まれているのか苦しそうに辺りをぐるんぐるんのたうち回っている。だがそれだけで森の木々は吹き飛び、地面はその衝撃でひび割れていた。



「見たことのない魔物ね…あれは近づくだけで死ねるわね!」



「あの尻尾!分かった!!あれはコカトリスだ!鶏の頭部、竜の翼、蛇の尾を持つ怪鳥で強い毒を持つ魔物だった筈だ!それと…そうだ!視線で対象を石化することができたと思う。絶対に目を合わせるな!!」



「オリオン、それもっと早くに言ってよ…手足がもう動かせないよ?」



「…!おいおい嘘だろ!?この距離でもそんな攻撃をしてくるのかよ!これは俺がアリエスを抱えて降りるしかないか…逃げるぞ!」



アリエスの手足は見た目には変化はないが、石化の影響で動かせないのだろう。俺はアリエスをお姫様抱っこで抱えて、木の上から飛び降りた。



「えっえぇぇー!」



アリエスはそれに驚いてるが、今はゆっくりと降りてる暇はない。俺たちの存在はコカトリスに確実に気づかれている。早くここを去らねば、俺たちに助かる見込みはなくなってしまう。


木の幹に蹴りを入れ、近くの木の方へ飛び、再び蹴り戻る。それを繰り返し、落下速度を落としながら地面を目指す。落下しながら確認したが、思ってた通りコカトリスはその巨体を転がしながら此方へ向かってきている。今も木々が折れ、薙ぎ倒されてる音が近づいて来ている。



これはマズイ!思ってた以上にコカトリスの移動速度は異常に早い!!




 俺は地面に着地すると同時に、コカトリスとは逆の方へ走り出した。全力で駆けるが、木の薙ぎ倒される音はどんどん近づいてくる。先程から心臓の音が妙に大きく聞こえてくる。



駄目だ…このままでは逃げ切れない。何でこんなところにあんな化け物がいるんだよ!おかしいだろ!!…いや、違う。異質な存在があそこにいるのは状況だけでも十分判断できた。俺たちは冒険者になってまだ2日目なのに、何でもっと慎重な行動ができなかったんだ?


生活魔法でも攻撃をできて天狗になっていた?新しい弓を手に入れて浮かれていた?


俺の馬鹿!くそくそくそ!俺の転生人生はこんなところで終わるのか?



 俺が悲痛な表情をしていたのが分かったのだろう。アリエスが信じられないような提案をしてきた。



「オリオン、私をここに置いていって!そうすれば少しは軽くなるし、うまくいけば多少は時間を稼いでみせるわ!!」



「何を言ってるんだ!そんなことできるわけないだろ!!」



「このままじゃ2人ともあいつに殺されて終わりよ!ならせめてオリオンだけでも逃げて、このことをギルドに報告するべきよ!!」



それは正論だ。冒険者ならば今ここでとるべき行動はアリエスの言う通りなのは頭では理解できてる。でも…



「俺にはできない!アリエスを囮に自分だけ生き残ることなんてできないよ!アリエスを冒険者に誘ったのは俺だ。俺が誘わなければアリエスはこんなところに来ることはなかった。俺がエリーゼさんの依頼を受けなければ…さっき声を聞いた時点で戻ればこんなことには…」



「それは私も一緒に考えた上で決めたこと!オリオンのせいではないの!!パーティーの責任だからオリオンが責任に思う必要はないわ!だから早く1人で逃げて!!」



「嫌だ!頭ではそれが冒険者として正解であり、今生き残る術はそれしかないとは分かってる。でも俺はそんな選択をして後悔してまで生き残りたくはない!!俺はアリエスを守って最後まで一緒にいたいんだ!!」



「何で?なんでよ!?」



「何でかな?俺アリエスが好きだったのかもな?」



「ちょっ!こんな時に何言ってるのよ!?馬鹿!!」




そうは言ってるが、アリエスは少し嬉しそうにしてくれた。ああ…本当にこんな状況で俺たちは何をやってるんだか?でもこんなアリエスの表情を見れたからなのか、さっきまでのしかかっていた死の恐怖が少し和らいだ。




 しかし無情にも、すぐ後ろにあった木が「メキメキ」という音と共に倒れ、その勢いのままコカトリスは俺たちの横を通りすぎ、前方に転がっていった。前方にあった木々もそのままなぎ倒した後、コカトリスはクルクルと回りながら俺たちの目の前に止まった。


俺はアリエスを後ろにそっと起き、石化されないよう目だけは合わせないように気をつけ、臨戦態勢を取った。しばらく硬直状態が続いたが、コカトリスは一向に攻撃を仕掛けてくる気配がない。不思議に思っていたところ、コカトリスが突然喋った。そう…言葉を話したのだ!!




「やはり、やはりだ!この状況でこの発見は奇跡だ!!」



「コ、コカトリスが言葉を喋った!?」



「人間よ、何をそれほど驚くことがあるのだ?」



「教えられた知識では、魔物は言葉を解することができないと…」



「魔物か…それは間違いではない。ただ我が魔物ではないから言葉を理解している、ただそれだけだ!」



「えっ?」



「我は神に仕える神獣として生を受けた存在だ!」



「神に!?」



俺は益々の警戒を強めた!それが伝わったのかコカトリスが不思議そうに尋ねてきた。



「神に仕える神獣と言ってそれほどの警戒をされるのは長い生でも初めての経験だ。人間よ理由を聞いてもいいか?」



「それは俺たちが神に騙された経験があるからだ!あの2人の神に仕える存在なら録でもないに決まっている!!」



「2人の神?お前たちがいう神とはまさかファーレとベトログか?」



「それ以外に誰がいる!?その名を知ってるということは俺たちの敵で間違いない!!」



「くっはっははは!これはいい!まさか同じ神に恨みを持つ者たちだったとはなつ!!こんな奇跡のような出会いもあるのだな!


我は神ゼウスローゼン様に仕える神獣の一柱コカトリス!ファーレとベトログに地上世界のどこかに封印されし我が主を解放するために、何とか神界を抜け出し、地上世界に舞い降りたのだ!!だがベトログにより施されていた呪いがその瞬間に発動してしまいこの様よ!!肉体への痛みと精神汚染でまともに動くこともできん。」



「そういう風には全く見えないが?」



「ただの痩せ我慢だ!実は存在を維持するのも辛いくらいだ!!これではとてもこの地上世界を旅して回り、主を探すことはできんと絶望していたところだったのだ。そこにまさか、この呪いを解くスキルを覚えることのできる存在が現れるとはな!」



「何故それを?そうか鑑定のスキル持ちか!だからアリエスだけに動けないよう軽い石化をかけたのか?ということは未成年の将来覚えることのできるスキルまでは分からないということか…」



「ほう。察しがいいな!我の鑑定は神界でも随一よ!だからこそ取得する前のスキルさえも確認することができるのだ!!そして今お前が言った通り、まだ祝福を得てない者のスキルまでは見れない。ほれ!」



「あっ!体が動くわ!!石化が解けたみたい。」



「元々話をしたかっただけなのだ!怖がらせてしまったようで済まなかったな。」



「アリエス、よかったな!


しかしそれなら称号も見てたのでは?いや、ファーレ神の加護とベトログ神の呪いがあるのを知ってたにしては会話に違和感がある。。」



「称号とは本人にしか見ることのできないものだ。たとえ神でもそれを覗き見ることはできない。そうか、お前たちもベトログの呪いを受けた者なのか…どうりで恨んでいる筈だ!」



「ああ、20歳になるまでに呪いを解かねば死ぬ呪いだ!俺たちはそのために必死でGPを貯めている!!」



「なるほど…それは余計に都合がいい!完全解呪を覚えたら我の呪いも解いてもらえるか!?解呪してもらえたなら、我にできる範囲で必ず恩を返すと約束しよう!!」



「それは構わないが…それまでまだ10年近く掛かる予定だぞ。その言いにくいがお前はそれまで生きてられるのか?」



「このままではおそらく3日と持つまい。だが我の力のほぼ全てをこの呪いを抑えることに集中させれば10年でも100年でも生きられる筈だ。」



「それでは何故これまでそれをしなかったんだ?」



「簡単な話よ。それをすれば我の力はことごとく失われ、下手をすればそこらの動物にすら敵わぬ弱い存在になるおそれがあるのだ!力を取り戻すには呪いを解くしか方法はない。その状況では主を解放する旅どころではなくなるからな。解呪の当てもないのにそんな賭けをすることはできなかった。」



「なるほど。分かった!それでは俺が約束しよう。必ず完全解呪を覚えて、お前のことを救うと!そしてそれまではできる範囲でしか無理だが、外敵からお前を守ると誓おう!」



「おー!感謝するぞ!!それでは早速呪いを押さえ込むことにする。ぐうおぉおーーー!がぐあぁああぁぁぁーー!!」




 コカトリスはしばらく光輝き、10分ほどかけて徐々に小さく小さく縮んでいき、先程まで漂っていた力強いオーラは見る影もないくらい矮小なものに変わっていった。


最後に残ったのは鶏の卵ほどの大きさにまで縮んだコカトリスの姿だった。今のコカトリスになら俺がデコピンしただけでも倒せそうである。



「終わった。予想以上に弱い存在になってしまったようだ…」



「本当に随分と小さくなったな!?まあ、逆にこれならどこでも連れておけるし、守ってやれるな!あの大きさだと街には連れていけなかっただろうしな!」



「そりゃそうよ!大騒ぎになっちゃうわよ!!」



「うーむ、石化も毒もブレスも使用不能か。我に残された能力は鑑定のみだ。それも大した内容も分からぬようだな。相手の名前と種族しか見ることができないとは…オリオン、アリエスよ、我は役に立てそうにはないがよろしく頼む!」



「おう、よろしく!」

「よろしくね!ところで何て呼べばいい?」



「コカトリスでいいであろう?」



「長いし、可愛くない!!」



「可愛く?我の呼び名に何故可愛さが必要なのだ?」



「それはね、今の姿がとっても可愛いからに決まってるじゃない!」



「そんな馬鹿な!…神獣の中でも畏怖の目で見られていた我が可愛いなど…」



実際かなり可愛い姿になっていた。まるで小さな人形である。力を失ったのもあり、毒々しさもなくなり、地球でもペットとして人気が出そうな愛くるしい姿をしていた。



「トリスでいいんじゃね?」



「まんまじゃない。それに可愛くない!お酒の名前だし!」



「いい名前だと思ったんだけどな。じゃーアリエスはどんなのがいいんだ?」



「そうね、ネネちゃんとか?あいちゃんとか?」



「それどう考えても女の子の名前だし…」



「ラブリーだから女の子の名前でいいじゃない!」



「トリスで頼む!」



本人の希望もあってアリエスも渋々トリスで落ち着いた。余程可愛い名前を付けられるのが嫌だったのだろう。








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