第9話

 翌朝俺たちは太陽が昇ると同時に移動を開始した。目的はダイヤウルフの討伐だ!昨日エリーゼさんから早速依頼を受けたのだ。どうやら北にある鉱山へ続く街道沿いに最近よくダイヤウルフが現れて危険らしいのだ。


依頼内容はその原因の調査、可能であれば解決まで。さらにダイヤウルフを討伐すればするだけ報酬をもらえるそうだ!



「昨日あれから魔法の訓練してたけど、いくら頑張ってもオリオンみたいに上手く使えなかったわ!」



「そりゃー仕方ないさ!俺がここまで使いこなすのにどれだけかかったと思うんだ?いくらアリエスでもそんな1日で追い付かれたら、俺本気で泣くからな!」



「まあね。でも私も早くあんな風に魔法を使ってみたいわ!ところでオリオンそんな弓持ってたっけ?」



「へへー!これは昨日父さんから一人前になったって認められて貰った弓なんだ!」



「一人前って、やったじゃない!おめでとう!!でも…弓だけあっても矢がないと使い道無くない?」



「あー、俺には矢は必要ないんだ!昨夜俺もこの弓を貰って、試してみたくなってアイスの魔法を使って矢を作ることに成功したんだ!だから魔力が続く限り氷の矢を打ち放題なんだ!!」



「へー、考えたわね!」



「せっかくだから今日は弓を中心に戦おうと思ってる!」



「じゃー、私はその護衛かな?」



「ダイヤウルフくらいなら俺もアリエスも楽勝だろうけどね!繁殖期でもないのに街道付近まで大量に出てくるなんて普通じゃないからな…森や山を追い出されるような出来事が何かあったのかもしれないな。


一応気を引き締めて当たろう!」




 目的地付近まで来ると、噂通りすぐにダイヤウルフたちと遭遇した。



「10匹はいるな…打ち漏らしたら頼む!」



「任せて!気にせずどんどん回していいわよ!!」



ダイヤウルフたちは俺たちを包囲するように距離を詰めてきた。俺は弓を構え、昨夜のようにアイスを使い矢に変えていく。射程に入ったところを射ぬいていく。射ぬいていく。射ぬいていく。



「あれ?もう終わっちゃった?」



「あれ?じゃないわよ!私何も活躍できなかったじゃない!!せめて一匹くらい回しなさいよ!」



「アリエス、ごめん。面白いように連射できるからついついどんどん射ぬいてしまったんだ!次からは気を付けるよ。」



「それにしても本当に凄い連射だったわね?あれを抜けて、距離を詰めるのはかなり難しそうだわ!本当に私いるの?」



「もちろんアリエスは必要だよ!ダイヤウルフのような雑魚ではなくもっと強い魔物と戦う時には1人では危険すぎるからさっ!」



「まあね、でもこれじゃー腕が鈍っちゃうから、本当に次からは少しは回してよね!!」



「はい。以後気をつけます。」




 ダイヤウルフの討伐証明である牙をそよ風を風の刃に変えて切り落としていく。それを袋に摘め終わったら、血の臭いに誘われたのか新たな魔物が現れた。


現れたのはヒクイベアが1匹。全長2メートルを越える熊の魔物である。肉や果物以外に火を食べる習性があり、その食べた火を魔法のように口から吐き出すことができ、強い力だけでなく、遠距離にも対応できる厄介な奴である。


早速俺が矢を射ろうと構えたところ、アリエスから待ったがか掛かった。



「こいつは私が殺るわ!オリオンは他の魔物が来ないか警戒だけしておいて!」



どうやらアリエス1人でやるつもりらしい。ヒクイベアは普通スキルを持ってない人間が1人で戦えるような相手ではないのだが、アリエスの実力を知っている俺は「分かった!」とだけ答え、周りを警戒する。



「何も言わず任せてくれてありがとう。」



それだけ言い、アリエスはヒクイベアの方へ駆け出した。アリエスはそのままスピードを落とすことなくヒクイベアの射程に入り込む。ヒクイベアは口から火の光線のようなものを吐き出し、アリエスを燃やそうとする。まるで火炎放射機である。


アリエスはそれをリズミカルにステップを踏むことで、避けても追ってくる炎を避け続けていく。しかもヒクイベアへ近づく速度は一向に衰えていないのだ。両者の距離が残り2メートルを切ったところでヒクイベアは火を止め、その強靭な腕を振り上げ迎撃態勢に移行した。


ヒクイベアは右手を素早く振り下ろし、アリエスの体を切り裂こうとした。だがアリエスは逆にその腕に自ら踏み込み、ギリギリのところでその鋭い爪を避け、そのままその太い腕に絡み付く。


両腕でヒクイベアの手首をロックし、両膝でテコの原理を利用しヒクイベアの右肘へ一気に負荷を掛ける。「ボキッ!」という鈍い音と共に「ぐぎゃああぁぁー!!」というヒクイベアの苦痛の雄叫びが上がる。その間、1秒もかかっていない。


この世界の実戦空手とは、地球の空手とは大きく違い、敵の攻撃を無駄なく避け、接触すれば一瞬で部位破壊をして相手の戦力を削ぐことに特化した格闘技である。魔物によって姿も弱点も違うため、どんな場合でも対応できるよう作られ、特別な力も持たず、力の弱いものでも極めれば強い力を持つ魔物とも対等に戦うことが可能となる極めて実戦的なものなのだ!


地球でこんなもの使う人間がいたら、ただの殺人鬼だ!実際、この実戦空手を創設した人間は、自らの技術を暗殺術とも呼んでいたそうだ。地球にもそんなものを使ってる人間が存在していたことに逆に俺は驚いたものだ。



「そのくらいの痛みで戦意を失うなんて、ガタイがでかいだけのただの木偶の坊ね!弱いもの苛めしかしてこなかったようね!」



アリエスはそう言うと、痛みで苦しんでいたヒクイベアの右膝をつま先を使い、踏み砕いた。



「ぎゃうぅぅーー!」



再びヒクイベアの叫び声が木霊し、地面に倒れ伏した。



「止めよ!」



アリエスはジャンプし、倒れ怯えをみせるヒクイベアの脳天に落下速度も乗せた踵落としを当て、脳天をカチ割った!数秒間ピクピクと動いていたが、ヒクイベアはそのまま息耐えた。



「おつかれ!」



「疲れてないわ。ただの雑魚だったわ。」




 アリエスがこういうのには理由がある。実戦空手では定期的に、こんな人体を壊すような技をお互いに掛け合うのだ!勿論間接が逆に向いてしまったり、骨が砕けたりする。それでもこの世界の回復魔法は優秀で、あっという間に完治させることができるのだ。


それを利用して、実際に痛みを何度も伴うことで、実戦でどんな辛い傷や怪我を負っても決して心を折らず戦える心構えを培ってきたのだ!あれくらいで痛がり、戦闘の構えを解く奴など軟弱でしかないと思うのは俺も同じである。


これは試合ではなく、命の取り合いなのだから…




「でもヒクイベアがこんな街道に出てくるなんて聞いたことないな。やはりこの辺りの森か山で何かあったのかな?」



「そういえばそうね。ちょっと調べた方が良さそうね!そういえばダイヤウルフもヒクイベアもあっちの方からやってきたわね。」



「そういえば…あっちは確かグルドルの森か?ちょっと行ってみるか!」




 俺たちの予想は当たっていた。この後、グルドルの森に近づけば近づく程魔物との遭遇が増えていった。魔物たちを次々に倒しながら進んでいくが、どうも魔物たちは何かから逃げ出すようにこちらへきてるようなのである。



「これは…グルドルの森で何が起きてるんだ?これだけの魔物が自分等の棲み家を捨てて逃げ出すってよっぽどのことだぞ!!」



「そうね。警戒して進みましょう。」




 そしてグルドルの森へ到着して、さらに驚かされた。森の中には驚くくらい静かで、魔物どころか動物や虫の存在すら全く感じられないのだ!



「これは…一度ギルドに報告に戻った方がよくないか?」



「そうかもね。。これはさすがに異常よ!私たちには手に負えない何かが起きてる恐れがあるわ。」



俺たちは一度街へ戻り報告しようとしたところで、その声が響いてきた。




「きゅおぉおーーー!きゅこあぁああーー!」



何か凄まじい苦痛に耐えてるような声が響き渡ったのだ。不思議なことにただ苦しんでいるだけの声にも関わらず、その声だけで体が動かなくなるのではないかというくらい強い殺気が籠っていた。



「今のは何の声?」



「さあ…ただ言えることはあまり関わらない方がいい存在だとは思う。」



「私もそう思うわ…声だけで体が一瞬すくんでしまったわ!あの声の主が今回の魔物の移動の原因でまず間違いないでしょうね。」



「そうだった。俺たちはそれを調査に来てたんだよな…ここまで来たんだ、あの声の主の正体だけでも確認しておいた方がよくないか?」



「危険すぎない?」



「危険だとは思うが、あの声だけでまともに動ける状態でないのは何となく想像がつく。遠くから確認するだけなら何とかいけるんじゃないか?」



「それもそうね。今のまま帰ったら、あの女に何て嫌みを言われるか分かったものではないもんね!」



「エリーゼさんはそんなことで嫌味を言ったりはしないと思うけどね。俺としては確認だけはして帰りたいかな?」



「OK!ならそれだけ確認だけしてさっさとここを離れましょう!さっきの声を聞いてから変な汗が出てきてるわ。魔物たちが逃げ出す気持ちが分かるわ。」



こうして俺たちは声のした方へと警戒しながら進んでいった。


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