呼ぶ声

前線に近づくにつれ、戦況がよく分かるようになってきた。どうやらナリバ基地は若干劣勢に陥っているようだ。ヘンドリックス艦長から通信が入る。


『敵戦艦は4隻、その他飛行機型戦闘機が推定180機ほどうろついてるわ。ヨンゴとザニは無駄な戦闘は極力避け、戦艦を直接叩いてちょうだい。本艦は味方戦艦に合流、援護を行う』

「了解」


艦長との通信が切れた後に、今度はクレバとエヴァンから通信が入る。


『接近戦が得意なイチカは近い左翼2隻、中距離が得意なエヴァンは右翼2隻ってのは?』

「わかった」

『いいぜ』

『了解した』


アキト以外の通信が切れる。そんじゃ、やりますか。イチカは少し迂回し、敵艦隊の横方面から攻撃できる経路をとった。もちろん、一定距離に近づけば戦艦を護衛する飛行機型戦闘機が応戦してくるが、それでも1番無駄な戦闘が少ないルートになる。アキトからも訂正指示がないことから、ベストな選択だろう。


『敵索敵探知網まで10秒、9、8、7、6、5、迎撃に備えろ』

「了解」


カウントが0になった少し後、ヨンゴのレーダーが複数の反応をキャッチする。戦艦から発射された追撃ミサイルだ。イチカはヨンゴを縦横無尽に操り、難なく第一幕をクリアする。

息つく間も無く、次に現れたのは飛行機型戦闘機。


『数7。右から4、下から3』

「近距離でいかせて」

『了解。脚力へのエネルギー60%減。エンジンユニットへの使用を最優先に変更』


アキトのオペレーションを待って、イチカはビームサーベルを抜き、アクセルペダルを最大に踏み込んだ。脚力に送っていたエネルギーをエンジンユニットへ変更したことで、加速度が通常よりも増大し、敵機の攻撃よりも早く接近し斬り捨てることができる。


ヨンゴはまず右側の4機を流れるように斬り落とす。そしてその勢いのまま真下へ旋回し残りの3機も撃墜した。


次は戦艦だ。まずは1隻目、雨のような弾幕が降り注ぎ、近寄ることが難しい。イチカはビームガンで主力銃口を破壊、隙が見えた艦体横部分からビームサーベルを突き刺し、そのまま艦頭へ一直線に斬り通る。小さな爆発が連続的に艦体を覆う中、さらに反対側からも艦体を横断する。斬られた戦艦は大きく艦中部から折れるように傾き、そのまま落ちるように戦線を離脱していった。


2隻目、ナリバ基地の味方機が善戦したのだろう。1隻目よりも損傷が激しい。

イチカは難なく敵戦艦ブリッジへと攻撃できる位置まで辿り着くことができた。攻撃を仕掛けようとビームサーベルを構える。


意外とすんなり落とせるなとイチカが思ったその瞬間。


『敵機接近!左防御!』


アキトの声に反応し、咄嗟に盾を左に構える。と同時にビーム攻撃が数発盾に当たり、ものすごいスピードで小型戦闘機がすぐ近くを通過して行った。

レーダーには反応がない。ステルス機体だ。しかもすれ違っただけでわかる、このパイロットは手強い。これだけのスピードを出しながら的確な射撃ができるのは並大抵のパイロットではない。


「ヤバいのが来た」

『応援が来る前に仕留めたい。時間との勝負だ』

「OK」


しかし、イチカが攻撃を仕掛けようと体勢をとるよりも前に相手の射撃が始まり、どうしても防戦一方になってしまう。一度距離をおこうにもしつこくハエのように付き纏い離れることもできない。

イチカが舌打ちをすると、不意にヨンゴのオープン通信回線が音声を拾った。


『なかなかやるわね!人型兵器のパイロットさん!!!』


勝ち気な姉御のような女性の声。どうやら彼女がこの手強いパイロットらしい。


「なんでっ、通信なんか!?」

『あら、お嬢さんなの?見た目に似合わない戦闘スタイル、ね!!!』


会話をしながらも相手からの攻撃の手は休まることがない。紙一重に攻撃を避け続けるヨンゴは、まるで曲芸師がアクロバットでもしているかのようだ。一見すると芸術のようだが、イチカの疲労は半端ではない。


『ハンナ・クレールの攻撃を避け続けられるなんて、相当なものよ、お嬢さん!』

「そりゃっ、どうも!!!」

『でも、そろそろ落ちなさい!!!』


ハンナの声に怒気が含まれ、攻撃が一段と激しさを増す。とうとうイチカは1、2発くらってしまい体制を崩した。


『落ちろ!!!』


旋回したハンナの機体が正面から一直線にヨンゴへ向かってくる。しかし、この直線での突っ込みをイチカは逆手にとった。ハンナからの射撃が始まるが、あえて避けることはしない。数発食うのは想定済み。多少ダメージはあるが、アキトが咄嗟のオペレーションでヨンゴの前面部位を強化してくれているから撃墜されはしない。

疑うことなく直線的に突っ込んでくるハンナの機体がヨンゴとすれ違うその瞬間、イチカはチタン短刀を素早く抜き、その機体に突き刺した。


『あ゛ぁああぁ゛ぁあ!!!!!!』


エンジン部分に短刀が突き刺さったハンナの機体は100mほど勢いのままに進んだ先で爆発。

忙しない戦場で一瞬の休息がヨンゴに訪れた。


『なんとかなったな......キリシマ少佐?』


アキトからの通信にイチカは反応ができなかった。ハンナの断末魔が、先の戦闘で撃墜したベニの叫び声とリンクしてしまったのだ。

操縦桿を握る手がカタカタと震え始める。


「あ、......うん、休んでないで次の戦艦、落とさないとね......あれ?」


イチカは操縦桿を動かしているつもりだった。しかし、思っている30%しか腕に力が入っていない。


「なんでだろ......おかしいな、あれ?」


その間にもレーダーが敵機の接近を知らせるアラートを鳴らしている。

身体、動け。私は戦わなきゃ。戦って戦って、敵を倒し続けなきゃ。そうじゃなきゃ、これまで人を殺してきた理由が---。


「なんでっ...動いて!うごけ!!!」


イチカが叫ぶがその身体は思うように動かない。その隙に敵戦闘機がヨンゴに弾幕を降らせる。無防備に右側面から多数被弾したヨンゴは勢いのまま飛ばされ、揺れるコックピット内でイチカは呻いた。モニターにはヨンゴの右腕がほぼ使えなくなったことを警告する表示が映し出される。


「そんな......どうして!?」


イチカは半ばパニックになり、声にならない叫び声をあげながら自分の頭を抱え込んだ。


自分はここで死ぬのだろうか。いいじゃないか、元々生きる目的なんてなかったのだから。でも死ぬのは怖い。何に恐れているのかはわからない。でもこの状況になって初めて分かった。死ぬのは怖い、死にたくない。死んでもいいなんてのたまっていたくせに。今日落とした戦艦にだって少なくとも100人以上は乗っていただろう。2回の戦闘だけで、数百の人間を殺しているのに。こんな自分大嫌いだ。死んでしまえ。いや、死にたくない。殺されたくない。バカを言うな、死んでしまえ。


『イチカ・キリシマ!!!』

「っ!?」


グチャグチャな感情に飲み込まれていたイチカを呼び戻したのは、これまで聞いたことのないアキトの必死な声色だった。


「ア...アキト......」

『聞こえたか。いまはオレの声だけ聞け。身体の酸素濃度が低い。まずは息を吸え、呼吸を整えろ』


イチカはアキトの指示通りに呼吸を整える。アキトの言うことをきくと、まだ震えは残るものの少しは冷静になれていた。


「ごめんなさ......わた、体が上手く、うごかなくてっ......敵を、倒さなきゃいけないのに!」

『分かっている。たがその状態で無理だ。もう退却しろ』

「イヤよ!だって---っ!?」


会話の途中でも敵機からの攻撃は止まらない。すれ違いざまにビームを打ち込まれ、被弾した衝撃にイチカは言葉を詰まらせる。


『今の君には何もできない』


悔しいがアキトの言う通り。足手纏いになっている現実にイチカが奥歯を噛み締めていると、これまで自分を攻撃していた戦闘機が急に爆発した。よく見ると青い装甲が美しいザニが、こちらに銃口を向けて浮遊している。その美しさに息を飲んでいると、クレバ、エヴァンからそれぞれから通信が入った。


『ヒーロー参上、ってな。惚れんなよ、イチカ』

『前回の出撃じゃイチカが主役だったからな。今回は俺に譲ってくれ』


おそらく、イチカが気づかないうちにアキトがザニに応援要請を出してくれていたのだろう。

ザニがヨンゴの右側をフォローするように位置どったため、イチカも合わせて左側に注意を向ける。2機を囲うように現れた新たな敵機をヨンゴとザニはそれぞれビームガンで打ち落とす。流石は中距離攻撃を得意とするエヴァン、ギリギリで撃ち落としたイチカに対し、百発百中で仕留めてしまった。


『流石、オレのダーリンは射撃がお上手だこと』

『まだまだこれからさ。サポート頼むぜ、ハニー』


通信からクレバとエヴァンの軽妙なやりとりが聞こえる。いつもの調子のやり取りに安心したのか、いつの間にかイチカの震えは止まっていた。この調子なら帰艦くらいは自力で行ける。


「エヴァン、クレバ、ごめんっ...!この借りは必ず返すから!」

『オレへの借りはたけぇから覚悟しとけ』

『俺への借りは安いからプラマイゼロだな。あとは任せろ』


言うが早いが、ザニはあっという間に戦艦撃墜へと戻って行った。

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