思ったよりイイやつ
約束の時間10分前、イチカはパイロットスーツとヘルメットを装備してヨンゴに乗り込み、機体を起動させていく。ヨンゴを囲っていたタラップはすべて片付けられ、こちらの準備が整えばトリニティ専用カタパルトにいつでも移動できる状況だ。
手元のパネルやスイッチの確認をしているとオペレーター室から通信。開通するとイヤモニをつけたアキトがモニターに表示された。
『こちらオペレーター。イチカ・キリシマ、聞こえるか?』
「明瞭に」
『何よりだ。テスト駆動の詳細を説明する』
アキトによれば、発進後10km先にある戦艦用射撃場にて装備武器のテストを行い帰還する。正味30分ほどの予定だろう。
『なにか質問は?』
「大丈夫。分かりやすい説明をありがとう。カタパルトへ移動します」
直前にエレナに会ったせいか、はたまた少しでもアキトとの心の距離を詰めたかったのか。イチカは自分でも少しこそばゆく感じるような相手への感謝を無意識に口にしていた。
イチカはナナミへ音声通信を開く。
「こちらイチカ・キリシマ。ナナミ班長、聞こえますか?」
『きこえてる〜。あとナナミでいいよ!敬語もいらなーい』
緊張感がまったくない返答。こちらは打って変わって距離感がとても近い。初めての発進で一辺の緊張していたイチカは肩の力が完全に抜けるのを感じた。
「ありがとう、ナナミ。緊張がほぐれたよ。テスト駆動で出撃するからまだ残ってる整備士達を下がらせてくれる?」
『OK。全整備士諸君!ふっとばされたくなかったら一時退避してー!!!』
ナナミの通信で眼下に点在していた整備士達が一斉に安全な所へ移動していく。それを確認するとイチカはヨンゴが乗っている大型シートをカタパルトへ移動させ始めた。仁王立ちしているヨンゴがそのまま横へスライドしていく。その間、アキトから発進前チェックの声が届く。
『ヨンゴシステム、正常。パイロットバイタル、正常。カタパルト、正常。オールグリーン』
ものの15秒ほどでカタパルトのスタート位置へ到着した。前を見ると約100m程のレールの先、まるでトンネルのような形で外の明るい光景が切り抜かれていた。
『退避完了!いつでも行っちゃって!』
その声にナナミがいる方向を見ると、ブンブンと千切れそうな勢いで手を降っているのが小さく見えた。向こうから見えていないだろうが、こちらも小さく手を振り返す。
『発進許可、事前取得済み。ヨンゴ、発進どうぞ』
アキトの言葉にイチカは気持ちを切り替え、操縦桿をギュッと握る。
「イチカ・キリシマ、ヨンゴ、発進します」
出力アクセルをグッと踏み込むと同時、グッとGがかかりイチカは腹筋と奥歯に力を込める。ジェットコースターの何倍もの体感速度のある機体はあっという間にギスタの外へと飛び立った。
この飛び立つ瞬間はいつになってもワクワクするものだ。飛行機の離陸よりももっと軽やかで、刹那的に『自由』というものを強く感じる。イチカはヨンゴを数回ロールさせ最後に大きく宙返りをしてみた。
この少しの操作でも分かる。アクセルや操縦桿の感覚はすべてイチカにフィットしていた。ナナミはサイコパスではあるが、やはり腕は確かな整備士のようだ。帰ったらナナミに最高だったとフィードバックしよう。
「機体に異常なし。このまま射撃演習場へ向かいます」
アキトから送られてきたマップをモニターに映しヨンゴのアクセルを踏む。この様子だとおそらく3分ほどで目的地に着くだろう。
『操作感は?』
「最高。アカデミーよりフィットしてる。ナナミは優秀だね」
『整備士にしては幼いと思っていたが…結果を出せばその他は不問というのは事実のようだな』
「そうだね。優等生にとってギスタは居心地が悪い?」
『いや、クレバで慣れている。2年間ルームメイトだった』
「そっか。てっきりアキトはギスタが嫌いだと思ってた」
ヨンゴはあっという間に陸地上空を抜け海上を飛行している。
『堅物の優等生には合わないと?』
「うん。でもクレバのルームメイトができていたならそうでもなさそう」
『愛想の無さと成績のせいでよく言われるが、俺はそこまでお高く止まっているわけじゃない』
「俺以外のヤツは格下って思ってるタイプかと思ってた」
『まさか。他者を尊重できない人間はそれこそ三流だろう』
あれ?アキトって思ったよりも話しやすいぞ?
イチカは自分が嫌な先入観を持っていたことに気づき自分を恥じた。
「ごめん。私、あなたのこと勘違いしてた。『私、あなたのこと苦手だわ。私のことも嫌ってそうだし』って。勝手な先入観でそう決めつけてた。ごめんなさい」
『いや、そう思われることには慣れている。ただ、面と向かって言われてすぐに謝られるのは流石に初めてだな』
アキトはフッと微笑んだ。普段表情があまり変わらないのと顔が良いせいで些細な表情の変化でもドキッとさせられる。
「アキト、戦争が終わったらアイドルやりなよ。売れるって」
『興味がないな』
「それは残念」
アキトとカジュアルに会話ができるようになってイチカの口元は緩んでいた。パートナーと心の距離が近づいたような嬉しさと、嫌われていなかった安心感と。
しかし、すぐに目的地が目視できるようになり気持ちを切り替える。
「目的地発見」
『申請は通っている。そのまま着陸してくれ』
「了解」
ヨンゴは無機質な人工埋立島に着陸した。
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