ペア、発表

機体格納庫でたった数十分しかやり取りしていないにも関わらず、もう1日働き詰めたような疲労感を感じながら、イチカはミーティングルームへと向かっていた。


今回はイチカ以外のトリニティパイロットとオペレーターも招集されており、これからそれぞれのオペレーターとのペアが発表される。


ミーティングルームの前に差し掛かり、気持ちを切り替えようとイチカは深く息を吐いた。

そして、意を決して扉の端末に手をかざす。ピピッという短い呼び出し音のあと、シュンという軽い音と共に扉が開いた。


中へ入ると、すでに3人のメンバーが各々席に着いていた。


クレバ。流石に初日だからか軍服をキチンと着て大人しくしている。だが、彼のことだ、半年もしないうちにアカデミーの調子に戻るだろう。


エヴァン。爽やかな好青年。ピュアで真っ直ぐなスポーツマンだ。許婚のリリアも含め、パイロットコース成績上位3名は演習も一緒になることが多く、よく授業を一緒に受けた仲でもある。


アキト・クラウン。オペレーターコースの首席。直接関わったのは演習で一度ペアになった時くらいだが噂に違わない人物なのは確かだ。家柄良し、成績良し、容姿良し。ついたあだ名がパーフェクト・クラウン。


イチカも自分の立ち位置から一番近い席、クレバの隣に座った。


「よう」

「どうも。ちゃんと軍服着てるから誰かと思った」

「なかなかイイ男だろ?」

「悪くはないんじゃない?」


軽口を叩いてはいるが少し息苦しいのだろう。クレバは時折詰襟の部分を指で広げながら眉間にシワを寄せていた。クレバは特に首が詰まった服が苦手と言っていたから、軍服との相性は最悪と言っていい。


同情しているとミーティングルームの扉が開いた。現れたのは軍服に身を包んだ40代前半の女と30代後半の男。


女の方は右額から左頬にかけて古い傷痕が走り、襟には大佐のバッジをつけている。

新入り4人はすぐさま起立し敬礼。


「直って良いわ。座ってちょうだい」


女の声は静かだが芯と威厳を感じられ、佇まいには無駄がなく、只者ではないことは一目瞭然。誰もが人の上に立つ器だと感じる何かを持っていた。


大佐を除く全員が着席すると女性は口を開く。


「リサ・ヘンドリックス大佐よ。ギスタの艦長。君たちに伝えたいことは『結果を出せ、戦果を上げろ。それさえしてくれれば素行は大目にみる』以上」


素行は大目にみる…ね。

イチカは咄嗟に先程機体格納庫でやり取りした人間を思い浮かべていた。


イチカが苦虫を噛み潰している一方で、クレバはこれ幸いと機嫌良さげ。

エヴァンは静かに頷き、アキトの表情は変わらない。


それぞれの反応を一瞥すると、艦長は後ろに控えていた男からタブレットを受け取った。


「次に配属辞令を出す。クレバ・エドワーズ」


クレバが立ち上がる。


「A-032のオペレーターに配属とする」


クレバは敬礼で応え、エヴァンにウィンク。

エヴァンも口角を上げ応えていた。


「アキト・クラウン」


クレバの着席と入れ替わるようにアキトが立ち上がる。


「A-045のオペレーターに配属とする」

「尽力致します」


イチカは横目でチラリと敬礼するアキトを盗み見た。アキトは引き続き表情を変えず淡々と話を聞くだけで、イチカの方を見ることもない。

イチカもあのアキトにフレンドリーな対応を期待しているわけでもなかったため、予想通りの展開にある意味安心感すら感じていた。


「私からは以上よ。あとの説明はユーマから」


艦長はそれだけ言うとタブレットを控えの男に渡し部屋を出て行く。この男がユーマなのだろう。

新人4人は立ち上がり、艦長を敬礼で見送った。


「……さてと、堅苦しいのはここまでにして」


ユーマの声に4人は彼に注目する。


「改めまして、ユーマ・ドイル中佐だ。よろしくな」


とりあえず座ってくれ。

ユーマの言葉に4人は再び着席する。


「簡単にこのギスタ小隊について説明していく。まずギスタはデビューして間もない戦艦。君たち以外の乗組員も1ヶ月前に配属されたばかりだ。最新の装備とトリニティ2機を積載する。我が軍期待のニューフェイスってやつ」


トリニティはまだ量産ができておらず、貴重な高火力兵器。各連団に1機あれば良い方で、小隊が2機も保有するのは稀有なことだ。


「ご存知の通り、こんな小隊は他に類を見ない。だからこそ重要な任務を単独で任命されることが多くなるだろう。決まった連団に属することはなく、戦況に応じて必要な戦場に駆り出される」


小隊は大抵決まった連団に属し任務に当たるため、ギスタ小隊のように単独で動くことはほぼない。

新設部隊として実験的に運用されている側面もあるということだ。


「あとこの小隊は乗組員の編成も他と違う。そもそもリサ大佐やオレが民間傭兵部隊から引き抜かれたっていうイレギュラー。その他も乗組員の7割は軍以外からヘッドハンティングされた連中ばかりだ。アカデミー上がりの君たちは違和感を感じるかもしれないが、住めば都、慣れればこれ程快適な部隊もないさ」


ユーマはベルトに引っ掛けてあるドリンクホルダーを指差してウィンクしてみせた。入っている瓶のキャップには有名なウィスキー会社のロゴ。

なるほど、改めてギスタ小隊は結果さえ出せば自由な場所ということか。


「最後にこのあとの予定について。明日、10:00(ヒトマルマルマル)出港。攻撃を受けるナリバ基地の応援へ向かう。それまでにお前たちはトリニティの最終整備を行ってくれ。整備士たちがベース整備は終えているはずだ。それ以外は好きに過ごしてもらってかまわない」


それじゃあな、とユーマは言うが早く部屋を出ていった。まるで急ぎの予定があるような素振りだったが、艦長補佐とはやはり忙しいのだろうか。


「イチカ・キリシマ」


イチカが聞きなれない声に意識を向けると、アキトが隣に立っていた。


「今日中に整備を終わらせてしまいたい。いいか?」

「そうね。私もそうしたい」

「では1時間後、コックピットに」


アキトはそれだけ言うと部屋を出ていった。


挨拶もなし、か。

流石にここまで最低限の接触だけをされると、自分が嫌われているのかと思えてくる。もしかしたら首席からみたら参席の私とペアというのが面白くないのかもしれない。


好かれたいとは思わないが、ペアを組む以上仲が悪いのはやりにくい。先が思いやられる…。

イチカは小さくため息をついて、談笑しているクレバとエヴァンを残しミーティングルームを後にした。

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