アキトの場合

軍に入りトリニティオペレーターになるのは必然だった。


父がトリニティ開発の最高責任者、母が国家最大地区であるカザリア基地を統括する大佐。その他親戚も軍関係者や政治家ばかりで、所謂名家と呼ばれる生まれだ。スポーツ、勉学、処世術に至るまで様々な教育を受けたが、とりわけ理工学への興味と能力値が高かったため、父と似た道を歩んでいる。開発研究所への配属も誘われはしたが、どちらかというと母の背中を追いたいという気持ちと、いずれ軍での階級を上げるとこを考えると、現場での経験を積んだ方が良いだろうと断った。

アカデミーでの生活も最終日。明日から本配属となる。


「お前さ、最後の実力考査で満点とるとかどういうこと?」


夕食中、向かいに座っているクレバが苦虫を噛みつぶしたような顔でこちらを見ている。


「オレ、最後の実力試験くらいはトップ取るつもりでいたんですけど?何さらっと首席をキープしてらっしゃるわけ?」


制服も着崩していて規則を重んじないルームメイト。

最初こそ苦手意識を持っていたが、家柄を気にせず接してくるフランクさ、そしてエンジニアとしての探究心は本物だったことから、付き合っていくうちに嫌いではなくなっていた。いまではアカデミーの中で自分と対等に話ができる数少ない相手だ。

特にエンジニア領域においては(非合法な面はさておき)その経験から正攻法以外の視点からもロジックを組むことができ、ある種の尊敬の念をも抱いている。共に過ごす中でどれだけ彼から技術を教えられたか数えられないほど。事実、クレバが話す最終実力考査も差は殆ど無い。


「得点差はたった2ポイント差だ。実力はほぼ変わらない」


それにアカデミーはあくまで座学と模擬試験。実際の戦場じゃ勝手が違うだろう。その点はクレバの方が臨機応変で柔軟なオペレーションができるかもしれない。


「実戦でお前がどんなオペレーションをするのか見てみたいものだな」

「いつでも見れんだろ。配属先一緒だし」


なぜ未発表の配属先を知っているのかと思ったが、この男のことだ、どうせ教官のひとりとデキているのだろう。クレバ曰く、他にも何人か関係を持っている人間がいるそうだ。


「…そのうち背中を刺されるんじゃないか?」

「お互い遊びだって割り切ってるからへーき。依存しそうなヤツは嗅ぎ分けてっから」


これでもそれなりに人生経験は豊富なんでね、とクレバは肩をすくめてみせた。

まあ、この男がどこかで女に刺されようと知ったことではないのだが。


それより、とコーヒーに口をつけているクレバに話しかける。


「パイロットは誰が来るんだ?」

「エヴァンとイチカ。パイロットコースの次席と三席。どう組むかはまだ不明」


エヴァン・クラーク、19歳。クラーク議員のひとり息子。幼い頃から社交場で何度か顔を合わせたことがある。好青年だ。たしか、パイロットコース主席のリリアが許嫁。

イチカ・キリシマ、22歳。特別目立つタイプではないが成績上位。家族はなし。先のF17コロニー襲撃で全員亡くしている。


「首席は?」

「単独配属。噂じゃトリニティとはまた別の機体に乗るらしいが…まあ噂の域を出ないって感じ。信憑性はねぇな」


いや、父からパイロットのみで操作する機体の開発の話を聞いたことがある。あながち嘘でもないだろう。だが、それをこの男に言うことは控えておく。


「お前はどっちと組みたいとかある?エヴァンとイチカ」

「いや、特には。どちらにしても自分がやるべきことをするだけだ」

「つまんねぇなぁ。少しは興味持てよ」

「無いわけじゃない。二人の基本情報は把握している」


そうじゃなくてさぁ、とクレバが呆れた顔をしているが無視して席を立った。

そろそろ部屋に戻って出立に向けた荷造りを済ませてしまいたい。


「先に戻るぞ。今日は部屋に帰ってくるのか?」

「ちゃんと帰ります〜。流石に荷造りしねぇと間に合わん」


この男は週の半分しか部屋に戻らない。消灯時間を過ぎても部屋にいないことを許しているのはアカデミーとしてどうかと思うが、この男のことだ上手く関係者を掌握しているのだろう。


宿舎までの廊下を歩いていると、前から噂をしていたイチカ・キリシマがこちらへ歩いてきているのが見えた。彼女もこちらに気づいたのか、社交的笑みを浮かべながら軽く会釈をされる。愛想がない自分と違い、それなりの人付き合いができるタイプなのだろう。



『…私、あなたのこと苦手だわ』




配属初日、彼女からそう言われることを俺はまだ知らない。

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