クレバの場合

軍に入ったのは、まあ、流れ的にそうなった。


そこそこの大学の理工学部を中退、半分非合法なクラッカーとしてしばらく生きていたが、共に仕事をしていた相方が死に、続ける理由もなかったから足を洗った。そんな折、元客のひとりだった軍の関係者から最新人型兵器のエンジニアを探していると話を聞いた。シンプルに面白そうだと直感が告げてきたため、アカデミーに入り今に至る。

国の金でこんな面白いオモチャをいじくり回せるのは楽しい以外の何物でもない。


ただ、アカデミーの堅苦しさは性に合わなかった。なので、そこそこに成績をとって、教師の中でもキーパーソンとなる数名と親密になり、素行が多少自由でも大目に見てもらえるよう環境を作った。おかげでいまはだいぶ過ごしやすい。


旧資料倉庫は古い資料を雑多に積み上げているだけのほぼほぼ使われていない部屋だ。監視カメラもなく、女を連れ込むには最適。

いつも通りコトを致して、女が出ていき、ひとりタバコ代わりの棒付きキャンディで一息ついていると、積み上げられたマットの裏から物音がした。…オレ達以外にもだれかいたらしい。


マットを登り上から覗き込むと、パイロットコースの上位成績者である濃紺の制服を着た女がイヤホンをつけて遠くを眺めていた。よお、と手を上げると、女はイヤホンを外してジトっとこちらを見返してくる。


「始めそうな時からイヤホンしてたから。何も見てないし、聞いてないよ」


こんなところでおっぱじめるなとでも言いたそうだ。初心な若者が多いアカデミーにしては反応がだいぶませている。大抵のやつは「不健全だ!」とか恥ずかしがって何も言わないかだろうに。であれば、年齢は自分と同じくらいだろうか。


「聞かれて恥ずかしいようなプレイはしてねぇけどな。そこそこ上手いのよ?オレ」


女は表情で「あっそ」と答えると立ち上がり大きく伸びをした。


「トリニティオペレーターって真面目な人ばかりなのかと思ってた」

「まあ、大体のヤツは真面目で草食系。あー、でもひとりオレとは違った意味でヤバイやつがいるな」


女は制服についたホコリを払って、イヤホンの有線をまとめている


「エンジニアコースの主席。顔良し、頭良し、家柄良しのパーフェクト。時代が違えば学園でキャーキャー!言われてるタイプ。あ、ちなみに次席はオレね」

「え、嘘でしょ」

「おい、失礼だろ」


人を見かけで判断するなって親に教わらなかったか?

女はマジマジとこちらを見る。


「頭の良い人ってとっつきにくいイメージだったけど、あなたみたいな人だったら話しやすそうだね」

「だろ。もっと褒めてくれていいぜ」

「すげーすげー」

「棒読みどうも」


会話のテンポが心地よい。どうやらこの女とは気が合いそうだ。女も同じことを感じているのか小気味良さそうな顔をしている。


「お前、名前は?」


女は名前を聞かれたことが意外だったのか、キョトンとした後少しだけ微笑んだ。


「イチカ。見ての通りパイロットコース。お見知りおきを」


この雰囲気だと、イチカもこちらを嫌ってはいないようだ。堅苦しいアカデミーの中、この女は気心知れた仲になってくれそうだと少し心が踊った。


それ以降、女を連れずとも倉庫に足を運ぶようになった。行くと大抵イチカもマット裏にいて、ひとり静かに音楽を聴いている。一方の自分はオペレーターコースの名物である数多きレポートをマットの上で読みあさるのが定番だった。


ある時、マットの上に散らばせておいた資料をイチカが手に取り興味深しげにじっと眺めていた。


「クレバってホントに頭良かったんだね。私なんか見ても3割位しか分からない」

「適材適所だろ。オレだって操縦になったら分かんねぇことの方が多いし」


イチカは紙から目を離さないまま、それでもすごいと思うよと返した。見ている資料はトリニティのシステム回路図。パイロットでも座学で軽くは履修しており見たことがあるのだろう。


「あ、ねぇここはなんでリザルトに直接繋げないの?」

「どこ…あぁ、ここは裏側でパス繋げてんだよ。表で繋ぐとコア周りで不具合起きるから」


同じ紙を反対側から覗き込むように教えると、イチカはなるほどと言いながらまた図面に集中し始める。また質問が来そうなのでしばらくこのまま待っていると、あっ!とイチカが声を上げた。


「なるほど、だからこっちは回路が迂回してるのか。ねぇクレバ、これ−−−」


イチカがバッと顔を上げて至近距離で視線が絡む。思ったよりも距離が近かったことに驚いたのか、イチカが目を見開き一瞬時が止まった。


この瞳が、ヤバかった。いつも飄々と軽口を言い合っていたイチカが、戸惑いと照れを含ませてオレを見上げているのだ。自分の中の支配欲にも似た何かが顔を覗かせる。

手を出すつもりはなかったのに、気づいたときにはイチカを引き寄せキスをしていた。抵抗されないことを良いことに、触れるだけのものから快感を得るためのものへと変えていくと、イチカからも熱っぽい吐息がこぼれ始める。

しばらくキスだけを楽しんでいたが、次第にこれ以上も求めたくなっていた。

一度離れて濡れてしまったイチカの唇を拭う。


「…気持ちよくなる?」


ニヤリと笑ってみせると、イチカは熱っぽい目はそのままにムッと睨んできた。思わずニヤニヤしていると、今度はイチカが少し乱暴にオレの胸ぐらを掴み、噛み付くようなキスをされた。


あとはお察しの通りというやつで、これ以降気が向いたら肌を合わせるようになった。普段はただ話したり各々好きなように過ごしているが、どちらかが甘えたくなったり、発散したくなったときにはそれとなくどちらかが誘いだす。恋人…と言われれば少し違う。可愛い後輩へのスキンシップが過剰になってしまったような、そんな間柄。アホみたいな話もするし、真面目に勉強を教え合ったりもした。そこそこに親密な間柄ではあると自負している。


そんな間柄だからこそ、イチカの心の弱さに気づくのにそう時間はかからなかった。飄々と振る舞っているし本人は無自覚かもしれないが、本来は人一倍繊細で心が優しい。優しすぎる。人を殺すパイロットなんてもの、本来は向いていないはずだ。実際に本人にも別の道へ進むことを勧めたことがある。たが、「ここ以外に行く場所がないから」とにべもなく答えたイチカに何も言えなくなってしまった。

戦場に出たとき、果たしてイチカの心は壊れずに済むのだろうか…。


「お前…壊れるなよ」


アカデミー最後の日、思わず口からこぼれた言葉は本人に届いたか分からない。とにかくこの瞬間、明日には壊れてしまうかもしれない目の前の存在を感じたくて、もう知り尽くした体を撫でていく。お互いの体が熱くなってきた頃、イチカがふと頭を撫でてきた。


「どうした?」

「ん…なんでもない」


その顔はどこか儚い微笑みを浮かべていて、これが最後かもしれないという嫌な予感を掻き立てる。それを消し去りたくて、快感に溺れさせてしまおうとイチカのイイところをそのままむさぼる。


「もう、失くしたくねぇんだよ」


このご時世に甘いことを言っているのは分かっている。だが、可愛がっているヤツを失くす喪失感はもうしばらく味わいたくはないのだ。

すでにトビかけているイチカには今の言葉は聞こえてないだろう。オレもいまは考えるより感じたい。それからはお互い行為に没頭していった。

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