戦場のイチカ
翠川 閏 / ミドリカワ ジュン
イチカの場合
軍人になったのは衣食住が保証されるから。
大学2年生の時、住んでいたコロニーが攻撃を受けて、親が死んで、身寄りのない私が一人で生きていくには軍に入るのが手っ取り早いと思ったからだ。戦争真っ只中であれば就職できないなんてこともないだろうし。
親が死んで悲しくないわけじゃなかったけど、敵を討ちたいとか復讐心に燃えることはなく、国のためとか大義名分があるわけでもなく。ただ生活できればそれでよかった。
だから、アカデミーでもただ粛々と授業を受けて軍事訓練をしてという生活で、席次などあまり気にかけてはいなかったのだけれど、文武両道で有名な高校を卒業していたものだから、身体能力と知力のバランスを評価されて、トリニティのパイロット候補生になってしまった。昔の警察でいう白バイ隊員のような花型ポジだ。同期内での席次は三席。パイロット候補生は10名だから、良い方ではあると思う。
「明日から戦場か…」
初日に死ぬのはヤダな…。特別生きたいわけではないけれど、そこそこ厳しい訓練を1年間受けてきたわけだから、どうせなら少しは活かしてから死にたい。
今日はアカデミー最後の日。昼休憩中、いつものホコリ臭い物置き。子供の背丈ほどに積まれたマットと壁の間にあるちょっとしたスペースに座って見る人工太陽の光も今日ばかりはノスタルジーを感じさせる。片耳につけた有線イヤホンから聴こえてくる高校時代に聴いていた曲が、ますますその気を助長させた。
ボーッと窓の外を眺めていると、物置きの自動ドアが軽い音を立てて開いた。この時間にこんな部屋に来るのはあの男しかいない。
「よお、イチカ」
金髪パーマにピアスをしている童顔の男。身長は私と変わらず、いつも棒付きキャンディを咥えているので可愛らしい印象を持つが、中身は夜の街の遊び人だ。軍服も着崩されており、チャラついた印象を与えるこの男を、誰がエンジニアコースの人間だと思うだろうか。しかも、エンジニアコースの中でもエリートとされるトリニティオペレーター候補生なのだから、人は本当に見た目によらない。一緒に訓練を受けることはほとんど無いため未だに私も信じきれないが、身にまとっているその軍服は紛れもなくトリニティオペレーター候補生のグレーだ。
年齢は私の2つ上、24歳のはず。18歳〜20歳の人間が多いアカデミーの中では年長者の部類だろう。
「おつかれ、クレバ。そっちも今日が最後?」
「そ。明日から前線配置。忙しくないことを願いてぇな」
クレバは肩をすくめてみせると、私の隣に積まれていたマットに飛び乗りあぐらをかいた。たしか、初めて会ったときもこんな位置関係だった気がする。私が今と同じように音楽を聞いていたらクレバが女を連れ込み、事を致して、女が部屋を出ていった後、今の位置から声をかけてきたのだ。…今思い出してもなんとも気まずい出会いである。
カラカラとキャンディを口の中で転がしていたクレバだったが、そういえばとキャンディで私を指差し、ニヤリと笑った。
「配属先、オレたち一緒だぜ。まあ他にもパイロットとオペレーターひとりずつ配属されるから、ペアになるかは五分五分だけどな」
トリニティはパイロットとオペレーターの2人一組で操縦する。実際に搭乗するのはパイロットのみだが、オペレーターが母艦から遠隔で情報を処理しサポートを行うのだ。アカデミーでも何度かオペレーターと組んで実戦形式の訓練を行ったことがある。クレバとも一度だけだが組んだことがあった。
「クレバとペアか…ヤダな…」
「おい、ふざけんな。模擬訓練で高スコア叩き出したじゃねぇか」
たしかに、クレバとの模擬訓練ではそこそこ良いスコアを出した。ただ…
「やってて心地が悪いんだよなぁ。私が操縦してる中にクレバが入り込んでくる感じがして。たまに判断ミスりそうになる」
「オレは細菌か」
「イメージは似てるよ」
クレバのオペレーションは優秀だと思う。私には合わないだけで。何というか、世話焼きの兄貴が先回りして色々手を出してくる感じといえば少しは分かりやすいだろうか。
ひでえなぁとクレバはくわえていたキャンディをバリバリと噛み砕いた。そしてキャンディ棒をポイッと放り投げ、そのまま私の方へ降りると、ネコのように肩口にすり寄ってくる。顎下にきた頭をなでると、髪の根元が少し黒くなっていた。もしかしたら地毛は黒いのかもしれない。クレバが律儀に髪を染めているのを想像するとなんとも面白い。
「お前、壊れるなよ」
ひとり心の中でウケていると、クレバがボソリと呟いた。
死ぬなよ、ではなく?
どういう意味かを聞こうとしたが、口を開くと同時、クレバにキスをされ私の言葉は吸収された。
クレバの舌は当たり前だがとても甘い。
初対面から程なくして、私達は肉体関係を持つようになった。どちらから誘ったかは覚えていない。お互いに20代前半でそれなりに性欲もあるからか、自然とそうなった。
こういった体でのコミュニケーションは性格が現れると個人的には感じている。クレバは見た目の印象とは裏腹にとても相手を甘やかす抱き方をする。抱かれた女は大事にされている、特別にされていると勘違いするだろう。私も身寄りがない中で、クレバに優しく抱かれているときだけは安心できていた。認めたくはないが。
お互いに言葉をかわすことなく、クレバがキスをしながら器用に私の服をはだけさせていく。
明日から戦場ということも今は忘れよう。ただただ、感じられる気持ち良さに身を委ねたい。明日には死ぬかもしれないから
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