第21話 責任感

 ◇


「奥様。しばらく、休憩しましょう」


 ロザリアさんが心配したような表情で、私にそう声をかけてくれる。でも、私はゆるゆると首を横に振る。


「……時間が、ないんですよね」


 少し前。儀式を執り行う神官のお一人が、リスター家にやってきた。彼は私の現状のチェックと、詳しい儀式の日程を決めるためにやってきたらしい。


『正直なところ、一刻も早く儀式を執り行いたいのが、本音です』


 その人と少しお話をしていた際、彼は苦しそうな表情でそう零した。


 言葉の意味を私が問いかければ、彼は「……あまり、時間がないのです」と目を伏せて教えてくれたのだ。


 ……だから、私は早くしなくちゃならない。きちんと、役目を全うしなくちゃならない。


「……でしたら、少しでも早く――」


 少しでも早く、上手く魔力をコントロールできるようにならなくては。


 ほんの少しの焦り。焦燥感。そんなものが私の頭の中を支配して、離れてくれない。どうすることも出来ずに、私はぐっと下唇を噛んでいた。


「奥様。疲れは失敗を呼びます。一旦休息をとったほうが絶対にいいです」


 でも、ロザリアさんも引いてくれない。


 それは多分、ロザリアさんが私の現状をよく見ているからだろう。足元はおぼつかないし、何処となくふらふらだし。そんな私の状態を、ロザリアさんは心配してくれている。……よく、わかる。


「……奥様。旦那様と、一緒に生きていくのでしょう?」


 ふと、ロザリアさんが私の顔を覗き込んできて、そう問いかけてくる。……ハッとして、彼女の顔を見つめた。


 彼女はその目に心配の色を宿しながら、私を見つめてくる。


「今後のことを考えますと、ゆっくりすることも必要です。奥様の責任感の強さは、誇れる部分です。……けど、もう少し。ご自分を大切にしてください」


 もしかしたら、ロザリアさんの言葉は一種の説教だったのかもしれない。


 頭の何処かでそんなことを思いつつ、私はこくんと首を縦に振る。……ここまで言われたら、引けなかった。


「とりあえず、クレアさんにお茶の用意を頼んできますね」

「……はい」


 そこまで言ったロザリアさんが、席を外す。残されたのは、私だけ。


 しんと静まり返った場。私は荒い呼吸を整えようと、深呼吸を繰り返す。……どくどくと、心臓が嫌な音を立てている。


(……きちんと、しなくては)


 ぎゅっと胸の前で手を握って、何度も何度も自分に言い聞かせた言葉を繰り返す。


 ここに来て、私は知らないことを教えてもらった。仲違いしていたエリカとも、和解することが出来た。


 恩返しがしたかった。……それは、旦那様に対してだけじゃない。リスター家の使用人たち。領民たち。


 あと、純粋に役に立ちたかった。役に立つことが、恩返しだと思っているから。


(私は、きちんとしなくちゃならない。旦那様を置いて死ぬのも、ダメだもの)


 きちんとして、役目を全うして、生きて戻ってくる。


 何度も何度も自分自身にそう言い聞かせる。……おかしくなりそうなほどに、同じことを頭の中で繰り返す。


「きちんと、きちんと……」


 ぎゅっと目を瞑って、言葉にする。……心臓が、なんだか嫌な音を立てているような気がした。


「奥様。クレアさんを――」


 しばらくして、ロザリアさんが戻ってきてくれた。が、すぐに「奥様!?」と声を上げて、私のほうに駆け寄ってくる。


「大丈夫……じゃ、ないですよね。とりあえず、部屋に戻りましょう」


 ロザリアさんが私の背中を撫でながら、そう言ってくれる。だから、かもしれない。私はロザリアさんの衣服を、ぎゅっとつかむ。


「……わ、たし」


 大丈夫だって、言おうとした。なのに、上手く言葉が出てこない。視界がぐるぐると回るみたいな感覚で、頭がふらふらとする。

 血の気が引くような感覚でもあった。


「奥様! 奥様!」


 耳元で聞こえていたはずのロザリアさんの声が、遠のいていく。


 視界が真っ暗になって、ふわふわとするような感覚。目を開けていることも辛くて、私はゆっくりと瞼を落とす。


「クレアさん! 至急、サイラスさんか旦那様を!」


 意識を失う前に聞こえたのは、ロザリアさんの焦ったような声だった。

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