第22話 少しでも
ゆっくりと浮上する意識。目を開ければ、見慣れた天井が視界に入った。
(……私、また)
ずきずきと痛む頭を押さえて、少しだけ身体を起こす。
視線だけで周囲を見渡して、なんというか申し訳なさを抱いた。倒れること自体は、もう日常的なものと化している。けれど、儀式が近づいているのに倒れるなんて……という気持ちが、あった。
「奥様! お目覚めになられましたのね!」
「……えぇ」
近くに控えていた侍女が、私のほうに駆け寄ってくる。彼女は二ヶ月ほど前に雇った、新しい侍女。クレアとマリンに付きつつ、日々仕事を学んでいる。
「お待ちくださいませ、今、クレアさんとマリンさんを……!」
そう言って、彼女が駆けだそうとするよりも早く、扉が開く。……クレアかマリン? それとも、ロザリアさん?
そんな風に思ってそちらに視線を向けると、そこにはまさかの――旦那様がいらっしゃって。
「シェリル。……目が、覚めたのか」
ほっとしたような様子で、旦那様が早足でこちらに来てくださる。そのまま私の額に手を当てて、熱を測るような仕草をされた。
……熱は、ないと思うんだけれど。
「悪いな。……少し、席を外していて」
「い、いえ、お構いなく……」
少し席を外していたということは、もしかして旦那様は私の看病をしてくださっていたのだろうか?
一瞬そう思うけれど、自ら問いかけにくいことで。視線を彷徨わせていると、旦那様が「こほん」と咳ばらいをされた。
「旦那様は、ずっと奥様に付きっきりだったのですよ! 夜なんて、ずっとお眠りにならず……」
「おい!」
……新人のこの子は、とてもおしゃべりだ。
その所為か、旦那様が隠そうとされていたことをぺらぺらと話してしまう。……まぁ、この子、十三歳でまだまだ子供だし、仕方がないのかもしれないけれど。
(少し、注意したほうがいいのかもしれないわ)
今回はこのお屋敷でのことだから、問題ないけれど。
いや、もしかしたら旦那様にとっては問題ないことじゃないのかもしれない。
「ジャスミン。……少し、喉が渇いてしまったの。冷たいお水を取ってきてくれる?」
「あっ、かしこまりました!」
私の言葉に、ジャスミンはてきぱきと動いてくれる。行動が早いのは、あの子の長所だ。そういうところを、伸ばしてあげたほうがいいのかもしれない。
「ジャスミンは、行動が早くて助かります」
「……そうか。あの侍女はそそっかしいとサイラスが苦言を零していたが……」
「でも、私は好きですよ」
どうやら、サイラスはジャスミンに対していろいろと思っていることがあるらしい。まぁ、実際そそっかしいし……。
「あの子とお話していると、元気がもらえます。……今は、まだいろいろと覚えることが多いらしくて、失敗談がほとんどですが……」
「……そうか」
なんだか呆れられてしまったかも……とまで思って、ハッとする。
今の今まで普通にお話しているけれど、旦那様は寝ずに私の看病をしてくださっていたらしい。
カーテンのかかった窓を見つめると、もうすっかり太陽が昇っている。……もしかして、ほぼ一日中眠っていた?
「あ、あの、いろいろと、申し訳ございません……!」
訓練のスケジュールとかも、めちゃくちゃになってしまった。
そういう意味を込めて謝罪をすれば、旦那様はゆるゆると首を横に振られた。どうやら「気にするな」とおっしゃりたいらしい。
「そういうこともある。……それに、俺はシェリルの身体のほうが心配だ」
「……旦那様」
「儀式にかかる負担が、少しでも軽くなるように、いろいろと手配中だ」
少し視線を逸らされて、旦那様がそうおっしゃる。
……そういえば、旦那様にはいろいろと伝手があるのよね。
「辛かったら、いつでも言ってくれ」
その後、旦那様が小さな声でそう言ってくださった。驚いて、目をぱちぱちと瞬かせてしまう。
「その、なんだな。……シェリルの決めたことだ、今更俺が反対することはない」
「……はい」
「でも、愚痴くらい吐きたくもなるだろう。……口止めされれば、誰かに零すこともない」
「……はい」
「俺は、これくらいでしか力になれないからな」
旦那様はそうおっしゃるけれど、実際は本当に私の力になってくださっている。
このお方がいないと、私はここまで頑張ろうなんて思わなかっただろう。……生きて帰りたいと、ここまで思わなかったはずだ。
「旦那様」
「……あぁ」
「私のためにいろいろとしてくださって、感謝しております」
出来る限り笑って、そう言葉を発する。すると、旦那様は頬をほんのりと赤くされた。……照れていらっしゃるのね。
「あのですね、旦那様。私――」
そして、私が自分の気持ちを伝えようとしたとき。ふと、廊下がバタバタと騒がしくなる。
驚いていれば、扉が開いてサイラスが顔を出した。
「旦那様! 至急、お話がございます!」
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