第20話 あなたのお姫様に、なりたい

 ◇


 それからの私の日中の過ごし方は、魔力のコントロールの訓練が主になった。


 この儀式は繊細なもの。魔力の量をほんの少しの単位でコントロールする必要があるそうで。


 だから、私はその繊細なコントロールを身に着ける必要があった。


 合わせ、繊細ということはそれだけ神経を使うということ。さらには魔力が体内から一定数なくなるということから、夜は倒れるように眠ってしまう。……なんていうか、伯爵夫人としての仕事が全くできなくなってしまっていた。


「……リル、シェリル」

「……ぁ」


 夫婦の寝室。ソファーでうとうとしていた私を、旦那様が覗き込んでこられた。


 ハッとして、自身の頬を叩くものの、眠いものは眠くて。ぼうっとして旦那様を見つめてしまう。


「その……申し訳、ございません」


 慌てて頭を下げる私に、旦那様はゆるゆると首を横に振ってくださる。


「シェリルが頑張っているのは、知っている。……ゆっくりしてくれ」


 旦那様が、私の背中を規則正しく叩いてくださる。その所為なのか、眠気がピークに達してしまいそうになって……。


「っつ」


 自然と、旦那様の肩に頭を預けてしまう。彼が、少しだけ震えたのがわかった。


「……だが、シェリル、さすがにこんなところで寝るのは身体に悪いぞ」

「……ん」


 彼のおっしゃっていることは、わかる。正論であるということも。でも、もう指一本動かすのも辛くて、しんどくて。


「……運んで、ください」


 こういうときくらい、甘えてもいいだろう。そう思って、私はうっすらと目を開けて旦那様にそう言ってみる。


 ほんの少し、狼狽えた彼が面白い。


「あのな、シェリル……」

「……お願い、です」


 重苦しい腕を旦那様の首に回して、甘えるようにその胸に頬を寄せる。……頭の上から「仕方がないな」という声が聞こえてきた。


「……次からは、初めから寝台で横になるんだぞ」


 身体がふわりと浮くと同時に、旦那様がそうお小言を飛ばしてこられる。なので、こくんと首を縦に振った。


(というか、少しお話しがしたかったの……)


 ここ最近、私と旦那様はろくに会話が出来ていない。昼間は私が訓練に明け暮れ、夜はすぐに眠ってしまうから。


 ソファーにいれば、寝入ったりしないだろうと思って待っていたのだけれど。どうやら、私の睡魔はそれを凌駕していたらしい。うとうととしてしまうし、頭の中はぼうっとしている。


 宙に浮いていた身体が、ふかふかの寝台に横たわるのがわかった。身体の上に毛布がかけられる。……私は、その毛布をぎゅっと握った。


「……旦那様」


 目を開いて、私のことを見つめる旦那様に声をかける。彼は「どうした?」と返してくださった。


「……私、ここに来たばかりの頃のこと、思い出しちゃいました」


 リスター家に来たばかりの頃。私は倒れた。その際、旦那様は甲斐甲斐しくお見舞いに来てくださって……。


(あのときは、まさかこんなことになるなんて思いもしなかったけれど……)


 旦那様と結婚して、この家の夫人になるなんて。想像もしていなかったし、予想もつかなかった。


「……そうか」

「あのとき、こんなことになるなんて想像していませんでした」


 目を閉じて、静かに自分の考えを言葉にしてみる。


「……そうか。俺も、同じだ」


 旦那様が、私の頭を撫でてくださった。……子供扱いされているようで、あまりいい気分にはならない。けれど、心地いい。


「まさか、シェリルと結婚することになるなんて。想像もしていなかったし、予想もしていなかった」

「……はい」

「それに、まさか俺のことを好きになってくれるとも、思わなかったな」


 ほんの少しの自虐がこもった言葉。……それにムッとして、私は重たい瞼を開ける。


「旦那様は、とても魅力的です……」

「……そうか?」

「はい。私にとっては、王子様のような存在です」


 はっきりとそう告げた瞬間、旦那様が笑われた。……まぁ、旦那様って見た目だけだと王子様っていう風貌じゃないしね。


「俺は、どちらかといえば評判から言えば魔王だな」

「……そう、かもしれませんね」

「……まぁ、誰から魔王と思われても構わない。……シェリルの王子様になれていたら、いいな」


 とても優しい声音だった。心の底からそう思っているのが、ひしひしと伝わってくる。


「私も、柄じゃないけれど、旦那様の……お姫様に、なれていたらいいなぁって」


 頬を緩めて、そう言ってみる。すると、旦那様も頬を緩められた。


「シェリルは、俺にとってはいつだってお姫様だ」

「……ありがとう、ございます」


 お礼を言って、どちらともなく笑い合う。


 ……この日々を守るためにも、私は頑張らなくちゃならない。


「……シェリル、俺と一緒に、生きてくれ」


 そして、こんな風に縋ってくるこのお方を、おいていけないと思った。

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