閑話6 重なる(アネット視点)

 ◇


 カタカタと揺れる馬車。


 乗合馬車ということもあり、私のほかにも何人か乗客がいる。


 窓の外を見つめると、空はすっかりオレンジ色だった。


(ギルバート)


 心の中で、元々婚約者だった男の名前を呼ぶ。


 私のことを忌々しいと睨みつけ、嫌っていた彼。……当然だ。だって、私は彼に嫌われるように仕向けたのだから。


(なんていうか、幸せそうだったわね)


 リスター伯爵邸に通うようになってから、私はギルバートがいかに妻を愛しているのかを知った。


 もしも、もしも。あのとき婚約の破棄を私が告げなかったら、あの人の側に居たのは私だったのかも……なんて。想像して、その考えを振り払う。


 もしもなんて思ったところで、虚しいだけだ。


 ……それに、私には、そんなことを考える資格もない。あいつを捨てて、傷つけて。一生消えないであろう傷を残したのは、ほかでもない私。恨まれることはあれど、好かれることはない。


 ギルバートを本気で好いているであろう彼の妻にも。


 そう思うのに、彼の妻――シェリルさんは私と話がしたいと言った。まるで私のことを心配しているような目で、見つめてきた。


 その目が、私の心を傷つける。ぎゅっと唇を結ぶ。……だって、もうずっと昔に捨てたことが、未だに蘇ってくるんだから。


(あぁ、そういえば。シェリルって、並び替えるとリシェルね)


 ふとそれに気が付いて、口元が緩んだ。


 私がこの世で一番愛していて、大切にしていた最愛の妹リシェル。


 もしかしたら、シェリルさんが倒れたとき。……私が柄にもなく動揺してしまったのは、彼女がリシェルにそっくりだったからなのかもしれない。


『お姉様』


 にっこりと笑って、私の後をついてきたリシェル。


 父からも母からも愛されないのに、健気にも愛されようと必死になっていたリシェル。


 私は、そんな彼女が憎たらしくて、好きだった。


 何からも、誰からも守ってあげる。そう誓った。……その誓いは、果たされなかったのだけれど。


(ずっと、あの子だけが私のことを……)


 きっと、あの子は私が憎たらしかったに違いない。そのうえで、私のことを心配していたのは、彼女の根本が優しいからなのだ。


 はらりと涙がこぼれた。……近くにいた年配の女性が、私にハンカチを差し出してくれる。


「……どうか、されました?」


 女性がそう問いかけてくる。だから、私は痛々しい笑みを浮かべた。


「いえ、知り合いが倒れてしまって……。なんていうか、いろいろと、心配で……」


 当たり障りのない言葉を、返す。すると、女性は眉を下げた。


「そう、なのですか。……心配ですよね」

「……えぇ」


 自分の目元をこする。化粧が落ちるのがわかる。……でも、そんなこと気にしていられない。


(……もう、怒鳴りに行くのはやめたほうがいいのよね)


 それはわかっている。だけど、これもすべてギルバートの幸せを守るためなのだ。……私は、あの子のことを『弟のように』思っているから。


 私の実家、ペルシュケ伯爵家から守るためには、私が行動に移すしかない。


(私が、あいつを守るの。シェリルさんのことも、しっかりと守らなくては)


 ぎゅっと手のひらを握りしめる。


(嫌われたっていい。憎まれたっていい。……私は、あいつのことを何が何でも守る。それが、リシェルへの償いだから)


 リシェルが亡くなって、絶望した私を支えたのはギルバートだった。……多分、あいつは覚えていないけれど。


 きっと、あいつの中では私との日々は忌々しい記憶で、思い出したくもないことなのだ。


 それくらいわかる。そう思われても当然なことを、してきたのだから。


(……でも、少しくらい。……シェリルさんを心配することくらい、許してほしいの)


 あの子は、リシェルにそっくりだから。……私に心配されるのは嫌かもしれない。


 だけど、どうか。


(神様、あの二人の幸せを、壊さないでください。……私は、どうなっても構わないから)


 それだけが、私の願いだ。

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