第19話 帰る場所
そう言ってくれたロザリアさんを、まっすぐに見つめる。
彼女は、目を伏せていた。その所為で、上手く感情が読み取れない。
「……ですが、一つだけ言っておかねばならないことがあります」
「……はい」
「この儀式は、『豊穣の巫女』の身体に多大なる負担を与えます」
そこまで言って、ロザリアさんが言葉を止める。
……私は、ただ彼女を見つめ続けた。すると、意を決したようにもう一度ロザリアさんが口を開く。
「最悪の場合は死に至ります。もしくは、ずっと目覚めないなど……」
息を呑んだロザリアさんが、そう言葉を続けた。
……最悪の場合、死に至る。それは、薄々感じとっていたことだった。だから、そこまで驚きはしない。
「一つだけ、確認してもいいでしょうか?」
「はい」
「その場合、王国の土はどうなるのでしょうか?」
私が一番気になるのはそこだった。
『豊穣の巫女』が亡くなった場合、王国の自然はどうなるのだろうか?
(今王国に存在する『土の豊穣の巫女』は私だけ。……私がいなくなっても、土は元に戻るの?)
もしも、私が亡くなって、土もそのままだったら……。
想像するだけで、おぞましいことになりそうだった。
「その場合は……その」
「……はい」
「一定数魔力を送っていれば、土は回復します」
言いにくそうにロザリアさんがそう教えてくれた。……そっか。
(だったら、万が一私が亡くなっても、一定数の魔力を送っていれば……)
正直なところ、死ぬのは怖い。今までだったらそこまで怖くはなかったと思う。ただ、私はここで愛されることを知った。……この場所を、失いたくないと思ってしまう。
(だけど、失わないためには、この儀式を乗り越える必要も、あるの)
私にしか、出来ないこと。私が行わないと、いけないこと。
それがわかっていて、対処法がある以上。私がするべきことは一つなのだ。
「ロザリアさん。……どうか、私の訓練に付き合ってください」
はっきりとそう告げる。ロザリアさんは、しばらくためらったのち深々と頭を下げてくれた。
「奥様が、望まれるのならば……」
彼女が震える声でそう言う。……多分、ロザリアさんも不安なのだ。いや、違う。
……ここにいる誰もが、不安なのだ。サイラスも、クレアも、マリンも。……旦那様だって。
そう思いつつ、私は先ほどから黙っている旦那様に視線を向ける。……旦那様は、何かをこらえるような表情をされていた。
「……シェリル」
旦那様が、私の名前を呼ばれる。
なので、私が旦那様に視線を送る。……その目の奥は、見てわかるほどに動揺している。
「俺は、シェリルを失いたくない」
まるで縋りつくような声だと思った。その強面なお顔も、弱々しい表情を宿している。
「だから、この儀式を行うことには反対……だったんだ」
今にも消え入りそうなほど、小さな声。私はただ、旦那様を見つめる。旦那様が、目を伏せられた。
「だが、俺に反対する資格なんてない。……シェリルが決めたことならば、応援するだけなんだ」
そんな言葉が、私の胸に突き刺さる。……だから、私は寝台から下りた。
そして、そのまま旦那様に近づいて……その大きな手を握る。
「私、頑張りますから」
「……シェリル」
「そのうえで、絶対にここに戻ってきます。……死んだり、しませんから」
それは旦那様に伝えたようで、自分に言い聞かせる言葉だったのだろう。
私は死んだりしない。必ず生きて帰ってくる。
自分自身にそう言い聞かせないと、私も不安だったんだろうな。……なんて、思っても仕方がないのだけれど。
「……あぁ、そうか」
「私、旦那様の妻ですから。……旦那様を置いて、亡くなるなんて出来ません」
きっと、このお方は私がいなくなったらダメになる。……十五も年上の男性にそう思うのは失礼かもしれないけれど、嫌というほどそれがわかるのだから仕方がない。
「今後も一緒に、過ごしたいから」
出来る限り笑って、そう言う。……旦那様の表情が、ようやく和らいだ。
「……そうだな」
けど、そうおっしゃった旦那様の声は何処となく涙声で。
私は、彼に控えめに抱き着く。大々的には、抱きつけなかった。だって、視線が痛いし。
「私はきちんと帰ってきます。なので、どうか待っていてください」
「……あぁ」
「私の帰る場所は、旦那様の元なのです」
ぎゅっと彼の衣服を握って、そう言う。……旦那様が、私の背中に腕を回してくださる。
伝わってくる体温が、なんだか熱い。
「……ロザリア。シェリルのことを、どうか頼む」
「……承知、しております」
旦那様がロザリアさんにそう声をかけた。ロザリアさんは、はっきりと、しっかりと。返事をくれた。
(私は、頑張るの。……そのうえで、絶対に生きて帰ってくるんだから)
今までの私だったら、考えもしなかったこと。生きていたい。
それを教えてくれたのはリスター家の人たちだから。
私は彼らを悲しませないために、戻ってくるんだ。
自分自身に、そう言い聞かせた。
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