第18話 方法

 意識が浮上する。ハッとして起き上がれば、頭がずきずきと痛んだ。


「奥様!」

「……わた、し」


 クレアの声を聞いて、私は現状を理解した。というか、最近倒れることが本当に多くて、否応なしに現状を理解せざる終えないというか……。まぁ、そんなところ。


「アネット、さまは……?」


 恐る恐る、クレアにそう問いかける。そうすれば、彼女は少し困ったように眉を下げた。


「えぇっと、本日は一旦お帰りいただきました」


 ……そりゃそうか。


 納得する半面、なんだか悪いことをしたなと思う。目の前で人が倒れたら、それはそれで動揺してしまうだろうから。


(使用人たちは、私の調子が悪いことを知っている。だから、驚かないだろうけれど……)


 でも、心臓には悪いだろうな。


 心の中でそう思いつつ、私はクレアを見つめる。部屋の隅には、マリンがいた。


「マリン。旦那様を呼んできて」

「わかった」


 そんなマリンを見つめて、クレアがそう声をかける。すると、マリンはこくんと首を縦に振って動き始めた。


「……その、奥様」

「……えぇ」


 何となく、言いにくいことがあるのだろう。


 それを悟りつつ、私はクレアの目をまっすぐに見つめた。……彼女は、意を決したように口を開く。


「旦那様が、奥様が目覚めたら真剣なお話があると、おっしゃっておりました」

「……そう」


 クレアの言葉に、驚くこともなくそう返す。


 ……旦那様は、時が来ればすべてお話しするとおっしゃっていた。多分、今がそうなのだろう。


 ――時が来た、ということなのだろうな。


「あまり、好ましいお話ではないと、おっしゃっております」


 深々と頭を下げたクレアが、そう続ける。……好ましいお話じゃない。だけど、構わない。


「もしも、奥様が嫌ならば……と」

「……嫌じゃないわ」


 クレアの言葉に、私はゆるゆると首を横に振った。


「嫌じゃない。……むしろ、一番嫌なのは隠し事をされることなの」

「……奥様」

「だから、私はお話を聞いたうえで、受け留めるつもりなの。……自分の、身体のことも」


 ぎゅっと手のひらを握って、そう告げる。クレアが、息を呑んだのがわかった。


「それに、ほら。このままだと、じり貧じゃない。国も、いいほうには傾かない。……私の、身体も」


 多分、このままだと私の寿命は縮まっていくだろうな。


 それがわかるからこそ、私はそう付け足した。目を細めて、苦笑の表情を浮かべてクレアにそう言う。


 彼女は、痛々しい表情をしていた。


「奥様……」

「大丈夫よ。……なにがあっても、私は自分の立場を受け入れ、職務を全うするだけだもの」


 『豊穣の巫女』である以上、それは仕方がないこと。


 だから、私は受け入れる。すべてを受け入れて、そのうえで職務を全うするのだ。


「私、頑張るから」


 それは、まるで自分自身に言い聞かせているかのような言葉だった。クレアに対してじゃなくて、自分に対して。


 私も、まだまだ不安なのだろうな。


 そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされる。返事をすれば、扉が開いてマリンが顔を見せた。


「奥様、今、大丈夫でしょうか?」


 恐る恐るといった風に、マリンがそう問いかけてくる。だから、私は笑って頷いた。


「えぇ、大丈夫よ」


 そう返事をすれば、マリンが扉を大きく開く。そして、旦那様とロザリアさんがやってきた。二人とも、何となく神妙な面持ちだ。


「奥様。……単刀直入に言わせていただきます。……現在、この国の土の状況は、よくありません」


 ロザリアさんが真剣な表情でそう告げてきて。私は、静かに頷く。


「この土の現状を改善する方法は、主に二つ。一つは、現在旦那様が行われている、肥料による一時的な誤魔化しです。これは、多少の魔力不足ならば解決になりますが、現在のような状況下では気休めにしかなりません」

「……わかっているわ」


 こくんと、首を縦に振る。


「そして、もう一つの改善方法。……それが、『土の豊穣の巫女』である奥様が、魔力を土に送ることです」


 そっと目を伏せて、ロザリアさんがそう言う。……彼女がそんな表情を浮かべるということは、多少なりとも私の身体には負担があるということ。


 そもそも、そうじゃないと旦那様はすぐに私に言っただろうから。


「……それは、どうすればいいの?」

「王都と辺境の間にある神殿で、祈りを捧げます。その神殿は、土の女神を祀っているので」


 つまり、土の女神様の前で、私が魔力を送ればいいということなのだろう。


「じゃあ、今すぐにでも――」


 思わず、前のめりになった。


 そう口を開けばロザリアさんはゆるゆると首を横に振る。


「できません。……すぐには、無理なのです。準備が、ありますから」

「準備……」

「まず、奥様には魔力を送る訓練をしていただかなければ、なりません。そして、神殿側でもある程度の準備があるのです」


 ……そりゃそう、か。


 すぐに出来たら、それは大した意味をなさないのかもしれない。そう、思う。


「なので、私がするべきは、奥様の訓練を手伝うことです。……幸いにも、ルシエンテス家はそういうことに対する学問も究めております」


 胸の前に手を当てて、ロザリアさんが真剣な表情で言葉を紡いでくれた。

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