閑話4 元婚約者(ギルバート視点)
自然と、そう思った。
けれど、いつかはシェリルにも話さなくちゃならない。それは理解していたので、俺はゆっくりと口を開くことにした。
「……アネットと俺は、双方の両親が決めたいわば、政略結婚の相手だった」
とりあえず、なれそめ……にもならない、出逢いから話そう。
そう思って、俺はそこから話し始める。
「アネットは王都貴族でな。名のある伯爵家の令嬢だった」
そんな彼女と俺が婚約することになったのは、リスター伯爵家が王都貴族とつながりを欲していたからだ。
理由はよくわからないが。あの頃の当主は父だった。父は寡黙で、必要以上に話をしようとはしなかったから。
「顔合わせのときから傲慢でな。……俺は、あんまりアネットに好感を抱けなかったんだ」
顔合わせのときのことは、未だによく覚えている。煌びやかなドレスに身を包み、豪奢な髪飾りを着けた美しい少女。でも、その表情は歪められており、彼女はこの婚約が不満なのだと一瞬で悟った。
「まぁ、不満なのは辺境に嫁ぐということだったみたいだがな」
「……そう、なのですか」
「あぁ、本人から聞いた」
いつしか、俺とアネットは三ヶ月に一度のペースで会うようになっていた。というか、両親が仲良くしなさいと無理やり引き合わせていた。
アネットはそれも不満だったらしく、いつも使用人たちにあたり散らしていた。リスター伯爵邸で会うことも、あったな。
「あいつは気性が荒くて、わがままで。挙句、そこら中で遊びまわるような奴だった」
そっと視線を上げる。シェリルの目が、揺れていた。……可愛いと思った。でも、口には出せない。
真面目な話をしているのだから、そんなことを思ってはいけないのだ。
「俺は、毎日のようにアネットの噂を聞いた。……やれ何処の子息とデートをしたとか、やれ何処の男爵に物を買ってもらった、とか」
当時の俺は、その一つ一つに傷ついた。アネットが俺を好いていなくて、辺境に嫁ぐことを嫌がっていると知っていても、傷ついた。
というか、ただ世間知らずだったのだろう。それだけ。
「大体の奴は、俺との縁を欲しがった。だから、アネットの悪い噂を嬉々として言ってきてな」
リスター伯爵家とつながりを持てば、それだけメリットがある。
そう思っていたのか。はたまた、親に命じられていたのか。同年代の奴らは、アネットをバカにして、彼女の悪い噂を俺の耳に入れて……。
「初めの頃は、俺もさすがに信じていなかったんだ。だけど、な……」
さすがに頻度が多すぎたこと。一番の友人だった男に、そう言われたことがきっかけで、俺はアネットの噂を真実なのではないかと、思うようになった。
「シェリルには言ったと思うが、俺は二年にも満たない間、王都で暮らしていたんだ」
「……知って、おります」
「俺は王都に行くことを、アネットには言わなかった。……あいつを、驚かせたかったのか。はたまた、素行を調査しようと思ったのか」
あの頃の俺は、本当に若かったな。今だったら、人を雇って済ませるのに。
きっと、何でも自分でしなくては……と思ったんだろう。
「そこで、俺は散々教えられた噂が本当のことだったと、知ったんだ」
視線を下げる。あのときのことは、鮮明に記憶に残っている。アネットがほかの男と仲睦まじく歩いていて、微笑み合っていて――俺は、確かに傷ついたのだ。
「……なんていうか、複雑だったな」
ショックを受けたのは確かなのに。俺は心の奥底で何処か納得している部分もあった。
「それからしばらくして、アネットは俺に婚約の破棄を告げてきた。曰く、俺はつまらなくて、面白くない。すっかりと飽きてしまったそうだ」
苦笑を浮かべて、俺はそう言葉を口にする。
あれは、名のある王都の貴族邸で開かれたパーティーの際中だったかな。アネットは俺がいることに驚いて、動揺していた。でも、しばらくして俺に婚約の破棄を告げた。
「今思えば、あれくらいで傷つくんて俺も軟弱だったな」
苦笑浮かべて、シェリルを見つめる。シェリルは、俺よりもずっと強かった。婚約関係を解消されても、全然挫けなかった。
ただ強かに、生きようとしていた。そんなシェリルだから、俺は惚れたのだろう。
「その後は、シェリルの知っている通りだ。女性不信を拗らせた俺は、新しい婚約者を作ることもなく、ただ仕事に打ち込んだ」
結果的に、辺境伯としての立場は確たるものになった。ただ、俺の心の中にはいつもアネットの言葉があって。
……どれだけ頑張っても、称賛されても、心が満たされることはなかった。
「俺はつまらない人間だ。そんな言葉が、胸の中に突き刺さって、消えてくれなかった」
渇いた笑いを零す。そうしていれば、シェリルが俯いているのが視界に入った。……なんだか、辛そうな表情だと思った。
「シェリル」
だから、俺はシェリルの肩を抱き寄せる。微かに震えた身体。……彼女は、一体何を考えているのか。
浅はかなことに、俺はそれを知りたいと思ってしまった。
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