第14話 守りたい

 そんな私の気持ちなど知る由もない旦那様とアネット様は、見つめ合っている。いや、見つめ合っているとは言えないか。どちらかと言えば、にらみ合っているというのが正しいのだろうな。


 心の中で私がそう思っていれば、アネット様が「ふぅ」と息を吐いた。


「今の貴方とお話ししていても、無駄ね。……とりあえず、帰るわ」


 アネット様はそう言うと、踵を返す。驚く使用人たちを他所に、アネット様は一歩を踏み出した。


「あぁ、でも、最後に言っておいてあげるわ」


 かと思えば、アネット様は私たちの方に視線を向ける。その目は、まるで何もかもを見透かしているかのようで。


 私の心と頭に、ざわめきが生まれた。


「隠し事はほどほどにしておきなさい。そうじゃないと……ねぇ?」


 ころころと笑ったアネット様は、そんなお言葉を残すと颯爽と立ち去って行った。


 残された私たちは、ただ呆然とアネット様の後ろ姿を見つめる。


 そんな中、一番に現実に戻ってきたのは旦那様だった。


「シェリル!」


 旦那様が、私の顔を覗き込んでくださる。なので、私はハッとして現実に戻ってきた。……旦那様の目が、不安からなのか揺れている。


「……シェリル、嫌な思いを、したよな」


 まるで叱られた大型犬のような仕草を見せつつ、旦那様が項垂れる。


 そのため、私はゆるゆると首を横に振った。


「確かに嫌な思いはしました。ですが……大丈夫です」

「……シェリル」

「旦那様が、助けてくださいましたから」


 にっこりと笑ってそう告げれば、旦那様が驚いたような表情を浮かべられた。……私の言葉、そんなにも予想外?


「……シェリル、あのな」

「は、い」

「アネットと俺は、別に連絡を取り合っているわけじゃない」


 旦那様は神妙な面持ちでそう告げてこられると、私の手を握ってこられた。


 ぎゅっと握られた手が、熱い。


「アネットの言っていることは、全部嘘なんだ。偽りなんだ」

「……それ、は」

「どうか、信じてほしい」


 私の目をしっかりと見つめて、旦那様がはっきりとそんなお言葉を口にされる。


 ……そんなこと、おっしゃらなくてもいいの。私は、旦那様のことを信じているから。


 ――そう、言えたらよかったのに。


「……わか、りました」


 私の口は、たったそれだけの言葉を紡ぐことしか出来なかった。


 素っ気なくも聞こえる声音でそう返事をすると、旦那様が少し眉を下げられる。


(私は、旦那様のことを信じているわ)


 そう思っても、どうしてかそれを口にできない。唇を動かして、自分の気持ちを伝えようとする。でも、はくはくと動くだけで、言葉にはならない。


「……シェリル」


 そんな私を見つめて、旦那様はどう思われたのだろうか。ただ、悲しそうな眼差しで私を見つめてこられるだけだ。


(違う。私は、旦那様のことをしっかりと信じている――!)


 気持ちは言葉にしないと伝わらない。


 それがわかっているので、私が口を動かそうとしたときだった。


「――シェリルっ!」


 私の身体が、ゆっくりと傾いていく。その瞬間、周囲に集まっていた使用人たちも慌て始めるのが視界に入った。


「シェリル、大丈夫か?」


 旦那様にそう問いかけられ、私はこくんと首を縦に振る。旦那様が受け止めてくださったおかげで、けがはない。


「大方、いつもの魔力不足でしょうね。……至急、奥様の私室を整えてきてください」

「は、はい!」


 サイラスがメイドに指示を出しているのが聞こえてくる。


 ……いつもの、魔力不足。そっか、もうそう思えるほどに――私は、倒れているのか。


(本当に、嫌だなぁ……)


 こんな風に倒れて、迷惑をかけることはもう嫌だ。


 そう思いつつぎゅっと旦那様の衣服の袖を握れば、旦那様が私に顔を近づけてくださった。


「……わた、し」

「……あぁ」

「なんとか、したい……」


 消え入りそうなほど小さな声で、私はそう告げる。もうこんな状態、こりごりだ。だから、私はこの状態を何とかしたい。


 ――なんとかして、この国の土を守りたい。


「シェリル……」


 旦那様が、今にも泣きそうな表情を浮かべられる。その表情を見ていたくなくて、私は目を伏せた。


「……なん、とか……」


 私しか何とか出来ないのならば、私が何とかするしかない。


 そういう意味を込めて旦那様の衣服の袖をぎゅっと握れば、旦那様は目を瞬かせていらっしゃった。


「……あぁ、そうだな」


 そして、しばらくして。そんな風に声を上げてくださる。


「俺は、シェリルの意思を、尊重したい……」


 小さく聞こえてくる、そんなお言葉。


「だから――……」


 意識が遠のいて、旦那様が何をおっしゃっているのか、もうわからない。ただ、サイラスと共に何かをお話ししているのだけはわかる。


「ですが」

「だが、シェリルが――」


 とぎれとぎれに聞こえてくる言葉に、反応を示すことは出来ない。


(……なんとか、しなくちゃ)


 このままだと――私は、この王国の土は。どうにか、なってしまうだろうから。


 手遅れになる前に――なんとか、しなくちゃ、ならない。

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