第11話 揺さぶられる

(……あのお方が、アネット様)


 私はアネット様を見つめる。どうして彼女がここにいるのとか、いろいろと疑問はある。けれど、それよりも。私は彼女の容姿に意識を奪われてしまったのだ。


 輝くような金色の髪はゆるりと腰まで波打っている。その赤色の目は吊り上がった形をしているものの、品のよさそうな顔立ちだった。


 背丈は割と高め。そして、何よりも。漂ってくる色香は、確かなものだった。


「……どうして、こちらにいらっしゃるのですか」


 私がそんなことを考えていると、サイラスがそう問いかけていた。その声はとても刺々しく、アネット様のことを確実に敵とみなしているのだろう。周囲にいた使用人たちも、年配の人たちは同じような目で見つめていた。年若い人たちは、何が何だかわかっていない様子。


「あら、久々にギルバートに会いに来ただけよ」

「どの口がそんなことをおっしゃるのですか」


 アネット様のお言葉を一蹴しながら、サイラスはただ彼女を睨みつける。


 そういえば、アネット様は旦那様との婚約を解消したのち、実家を勘当されているはず。……貴族ではないのか。


「まぁ、サイラスったら。私たちは親しくしていたではないの」

「……そんな憶え、一つもありませんけれどね」


 忌々しいとばかりにアネット様を睨みつけるサイラス。私は、その場で立ち尽くすことしか出来ない。


「奥様。少し、移動しましょうか」


 近くにいた年配のメイドがそう声をかけてくれる。なので、私がこくんと首を縦に振る。


 それを見たためなのか、アネット様の意識が私に集中した。


「あら、結婚したという噂は聞いていたけれど、ギルバートの相手はこんな小娘だったのね」


 わざとらしい言葉だった。それに、この言葉は私のことも旦那様のこともバカにしているような言葉。……私のことはいくら馬鹿にされたって構わない。だけど、旦那様のことはバカにしてほしくなかった。


(だって、あんなにもお優しいのに……!)


 彼女が旦那様のことを傷つけたのだ。だから、許せそうになかった。


 私がアネット様を気丈にも見つめ返せば、彼女はころころと笑っていた。


「ギルバートったら、こんな貧相な女が好みだったのね」


 アネット様のそのお言葉は、私をかちんと来させる。でも、何も言わなかった。……言ったら、負けだと思ったから。


「まぁ、いいわ。ギルバートが一番最初に愛したのは、私だから」


 さも当然のようにそう言うと、アネット様はお屋敷の方に近づいて行こうとした。それを、慌ててサイラスが止める。


「……どうして、止めるの?」


 アネット様はきょとんとしながらそう問いかけている。サイラスの眉間に、しわが寄った。


「お言葉ですが、貴女にリスター家に入る権限は、もうありませんよ。……正直なところ、敷地内にも入ってほしくなかったほどです」


 サイラスのその言葉は、とても刺々しい。私と初めて会ったときくらいに、声も低い。


「ちょっとくらいいいじゃない。私、ギルバートに会いに来たのよ」

「……旦那様が、望まれませんので」

「そんなの、ギルバートに聞かないとわからないじゃない」


 どうやら、アネット様は旦那様に会えると確かな確信を持っているらしかった。


 ……何となく、胸がもやもやとする。旦那様のことを信じていないわけじゃない。だけど……こんなにも色香を醸し出す女性なのだから、心変わりしてしまわれるのでは……と思って、心配になってしまった。


(いいえ、大丈夫。旦那様のことは、信じなくては)


 ぎゅっと胸の前で手を握って、私はアネット様を見つめる。


「……なぁに?」


 そんな私の視線に気が付いて、アネット様がきょとんとしながら私のことを見つめられる。


「……いえ」


 何でもないと言えば、嘘になる。しかし、何でもないと言わなくちゃいけない。そう、思った。


「もうっ、本当にギルバートったら、恥ずかしがりやなんだからっ!」


 どうしてか、不意にアネット様が大きな声を上げた。……その声は、ひどく耳障りだった。


「ギルバートったら、私と連絡を取っていると妻に言っていなかったのね!」

「……え?」


 アネット様のその言葉に、私はただきょとんとすることしか出来なかった。……アネット様と旦那様が、連絡を取られていたの……?


(そんなの、聞いていない……。いえ、嘘っていう可能性も……)


 旦那様のことをきちんと信じなくては。


 心の中ではそう思っているのに、アネット様の言葉が脳内を反復して、上手く声が出てこない。


「アネット様!」


 サイラスのそんな声も、何故か遠のいていく。……信じなきゃ。信じなきゃ。


(なのに、上手く信じられない……)


 この間からずっと隠し事をされている。それが、私の胸に一抹の不安を抱かせていた。


 もしかしたら、旦那様はアネット様と連絡を取られていたのでは――。


 信じたいのに、上手く信じられない。そんな自分自身が、とてもみじめだった。

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