第10話 最悪の訪問者

 ◇


 私と旦那様の間にあった誤解が解けてから、早くも一週間が経った。


 この日の私は予定が何もなかったので、いつもの休日の過ごし方であるガーデニングに精を出していた。


「奥様、こちらはどうされますか?」

「そうね……。どうせだし、あちらに植え替えましょうか」

「かしこまりました」


 お庭の管理人は私ではなく庭師たちだ。けれど、彼らは私がお庭の世話をすることに嫌な顔一つ見せない。


 それどころか、私の意見を聞いてくれる。これもそれも、きっと私が『土の豊穣の巫女』だからなのだろうな。


(……最近、お花もあまり元気がないわね)


 土に触れたとき、ふとそう思った。土の魔力が枯渇しているのは聞いているし、私の体調にも影響があるからよく分かっているつもり。


 でも、ここまで大規模な枯渇は予測ではまだ先だと聞いていたのだけれど……。


(だけど、やっぱり予測が当たらないこともあるわよね)


 出来れば、一刻も早く土の魔力が元に戻って、お花たちが元気になればいいと思う。


 そんなことを考えていると、ふと誰かがこちらにやってきた。足音からして、サイラスだろうか?


 庭師たちは長靴を履いているので、この足音じゃないし。


 そう思いながら私がそちらに視線を向けると、そこには予想通りサイラスがいた。


「奥様、お庭の様子はいかがですか?」


 彼はなんてことない風にそう問いかけてくる。


 だから、私は困ったように眉を下げた。


「あんまり、よくはなさそうね」

「……さようでございますか」

「やっぱり、根本から解決しなくちゃいけないのかも」


 土に触れながら、そういう。


 私は知らないけれど、どうやらこういう自然から魔力が枯渇した際に何とかする儀式があるらしい。


 それを、するべきなのかもしれない。


(きっと、私が何かをするのでしょうね)


 心の中で、そんなことを思う。現状『土の豊穣の巫女』は私だけだと聞いている。だから、私が何とかしなくちゃならない。そう思っても、なかなか難しいのだけれど。


「ねぇ、サイラス」


 そう思いつつ、私はサイラスに声をかけた。すると、彼はきょとんとした表情を浮かべる。


 なので、私は意を決して尋ねてみることにした。


「土の魔力を、何とかする方法があるのでしょう?」

「……っ」


 彼は何とも言わなかった。けど、それが一種の答えだったのだろう。


 そっと逸らされた視線。……察するほかなかった。


(サイラスの態度からするに、きっと私の身体に負担がかかることなのだわ)


 サイラスは私のことを大切に思ってくれている。なので、私の身体に負担がかかるようなことは望んでいないのだと思う。


 でも、このままだとじり貧になるのは目に見えているの。……私が何とか出来るのならば、何とかしたい。


 心の底から、そう思っているのに。


「……お言葉ですが、その儀式を行うためには魔力のコントロールが大切です」

「そう、なの」

「奥様では、まだ少し無理かもしれません。それに、儀式の許可は王家が出されます。王家の意向を無視して、儀式を行うことはできません」


 サイラスの説明はもっともなことだった。


 王家が許可を出してくれないと、膨大な魔力に関することなど出来ないだろう。……少し考えれば、わかることだった。


(それに、まだ私は魔力のコントロールがあまりうまくないものね)


 魔力のコントロールが上手く出来ないと、何かデメリットがあるのだろうな。


 そう思いつつ、私は土を握りしめる。……やっぱり、魔力が少ない。


(どうにかしたい。……私に、出来ることがしたいの)


 そんな風に考えていれば、不意に生ぬるい風が頬を撫でた。その不気味さに、私がぶるりと身体を震わせてしまったときのこと。


 一人の従者が、こちらに駆けてきた。


「サイラスさん!」

「どうしました?」


 彼はサイラスのことを大声で呼ぶ。対するサイラスは、表情を引き締めると従者の彼に向き直っていた。


「そ、それが……来客、なのですが」

「そんな予定、本日はありませんよね?」


 サイラスの言葉は正しい。客人が来る場合、一応夫人である私に連絡が来るようになっていた。そんな連絡は、今のところない。


「えぇ、それは間違いありません。……ただ、招かれざる客、というものでして。アポなしで……」


 従者はしどろもどろになっている。それを見たためなのか、サイラスの眉間のしわもどんどん深くなる。


 ……このままだと、埒が明かない。


「ねぇ、アポなしと聞いたけれど、どういうお方なの?」


 時折貴族のお屋敷には商人が商売をしに来る。もしかしたら、その類なのかも――と思って、私が従者に言葉を求めたときだった。


 ふと、誰かの足音が聞こえてきた。


(……女の人?)


 ヒールの音らしき音が、聞こえてくる。……女の人が、いきなり訪ねてきたということなのだろう。


 何となく、嫌な予感がする。心の中でそう思いつつ足音の方向に視線を向ければ――そこには、三十代くらいに見える女性が、いた。


「あら、知らない小娘がいるわ」


 彼女は、私を見て目元を細める。何とも嫌な笑い方。


「……アネット様、ではありませんか」

「久しぶりね、サイラス。……あなたは何も変わっちゃいないのね」


 ころころと笑う彼女。……サイラスが呼んだアネットという名前。


 確かに、聞き覚えがあった。


 だって、それは――旦那様の、元婚約者のお名前だったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る