閑話2 最善の方法(ギルバート視点)

 ◇


「……旦那様」


 シェリルとクレアが出て行ったのを見計らったかのように、サイラスが声をかけてくる。


 だからこそ、俺は「……あぁ」と小さく返事をした。


「あの場ではああ言ったが、俺は本気でシェリルにこのことを教えたくないと、思っているんだよな」


 慌ててしまった手紙を引っ張り出す。そこについたシーリングスタンプの家紋は――このウィリス王国の王家、ウィリス家のものだ。


 中身にはつい先日俺が送った手紙の返事だ。差出人は俺の悪友である王太子。


「……やはり、そうでございましたか」


 サイラスがそう声をかけてくる。なので、俺はただ頷いた。そして、手元の手紙を見つめる。


「殿下は、やはりシェリルに祈りをしてほしいらしい」


 どうやら、この土の魔力が枯渇する現象はリスター伯爵領だけではないらしい。あちこちから報告が上がっていると。


 なので、出来ればシェリルに祈りをしてほしいと。そう、綴られていた。


(命令しないのが、あいつらしいな)


 そう思って、ふっと口元を緩める。


 このウィリス王国の王太子は、一言で表せば傲慢で嫌な奴だ。けれど、その内情はとても人をよく見ている。人のことを良く見て、適材適所に割り振ることが出来る。ついでに言えば、口は悪いが態度はそこまで悪くない。


 傲慢で嫌な奴というのは、親しい間柄の人間に見せる、まぁ本性みたいなものだ。……こう言ったら、余計に性質が悪いな。


「今はあちこち、枯渇が起きているのは国の三分の一にも及んでいないらしい」

「……ほぅ」

「が、このままだと広がるのも時間の問題だ。……広がってから祈る方が、大変だとは思うんだが……」


 それでも、どうしても踏ん切りがつかない。


 国の三分の一にも及んでいない。そう聞けば、簡単なことに思えるだろう。


 だが、その三分の一にも及んでいない国土のすべてに、魔力を送るのだ。……絶対に、ろくなことにならない。


(普通ならば、数人で分割するところだからな。なのに、現状シェリルしか『土の豊穣の巫女』はいない)


 それすなわち、シェリルが全てを負担しなければならないということだ。……その負担はすさまじく、最悪本当に命を落としてしまうだろう。……そんなの、俺が耐えられるわけがなかった。


「……旦那様」


 俺があまりにも悲痛な面持ちをしていたからなのか、サイラスがそっとそう声をかけてきた。


 無理に笑おうとしても、笑えなかった。元々顔が怖いので、笑うよりも今の方がいいと言うのもあるのだが。


「このこと、シェリルに話した方が、いいと思うか?」


 こういう相談を出来るのは、もはやサイラスしかいない。


 そう思うからこそ、俺はサイラスにそう問いかけてみる。すると、奴はしばし考え込んだ。


「……これに関しては、私の意見はあくまでも参考程度にとどめてくださいね」

「あぁ、分かっている」


 そう言ってくるということは、相当厳しいことを言うつもりなのだろう。


 俺はそう思って、身構えた。


「私は、奥様にこのことを話すのが最善だと思います」


 はっきりと、サイラスはそう言い切った。


「……理由は?」

「このままですと、奥様は弱ったままでございます。体調が安定しないことの辛さは、よくわかっているつもりでございます」


 ……サイラスのその言葉は、正しい。サイラスは昔一度重い病気を患った。そのときのことを、思い出しているのだろう。


「それに、奥様はこのままですと精神的にも不安定でしょう。旦那様に隠し事をされている。それが、一番お辛いかと」

「……そうか」


 確かに、その言葉には一理ある。


 シェリルは俺のことを全面的に信じてくれている。だから。シェリルは、俺に隠し事をされることを良くは思わないはずだ。


 それはただでさえ弱った体調に追い打ちをかける形になってしまう。それは、明らかだった。


 そう思いつつ、俺は執務室の窓から庭を見つめる。青々とした庭。それは、辺境で一番だと言われている。……それもこれも、シェリルが世話をしているからだ。


(植物たちも、シェリルがいなくなったら寂しいだろうな……)


 シェリルは植物に愛されている。彼女が世話をすると、花々も生き生きとしているように思えると、庭師たちが語っていた。


(あいつからの返事も、まだ届いていないしな)


 悪友の一人である北の辺境伯。奴から手紙の返事は、まだ届いていない。まぁ、遠いから仕方がないと言えば、仕方がないのだが。


(双方を守れる方法があるのならば。俺の何を犠牲にしても構わないんだけれどな)


 俺の命でも、財でも、権力でも。それらを犠牲にすることで、シェリルとこの国の土。双方が守れるのならば、俺は――。


(なんて、そう思ったところで、シェリルは嫌がるんだろうな)


 だが、そう思いなおした。シェリルは優しい。俺との生活に楽しさを見出してくれている。


 ……そんなシェリルを、一人にすることなんて出来ない。


「……サイラス」

「はい」

「シェリルが少しでも安心でき、体調が回復するように今まで以上に努めてくれ」

「承知しております」


 サイラスにそう命じて、俺はただ目を瞑った。


 本当に、なんというか……波乱万丈だな。


 そう思ったら、苦笑さえこみあげてくる。


 そして――この日々に、さらなる嵐がやってきたのは、もう少し後のことだった。

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