第6話 よし、ぼこぼこにしましょう!
◇
私が倒れてから数日が経った。
あれ以来、私は部屋に閉じこもっているに等しい。……というか、まだ本調子じゃないのだからと、部屋に閉じ込められているのだ。
旦那様は一日三回、朝昼晩と私の様子を見に来てくれる。それは、嬉しい。……そう、嬉しいのに。
(なんだかなぁ……)
私は、微かな不安を感じていた。
理由は……はっきりとしている。最近、旦那様が私によそよそしいのだ。
「奥様~、お茶をお持ちしました!」
そんなことを考えていると、部屋の扉が開いてクレアが顔を出す。そして、私の顔を見てハッとしていた。
「奥様! どうなさいました!?」
「……え、えぇっと」
どうして彼女がそんなに慌てているのかがわからない。
そう思って私がきょとんとしていれば、クレアが私の目元を拭う。……目元は、濡れていた。
(……泣いていたんだ)
そのとき、私は初めて泣いていたということに気が付く。……私は、どうやら自分の心に鈍感らしい。
本当は助けてほしいくらい辛いのかもしれない。けれど、それを口に出すことなんて出来なかった。
「な、何かありましたか!? 何処か痛いのですか……?」
「そ、そうじゃない、けれど……」
クレアに詰め寄られ、私はゆるゆると首を横に振りながら、そう答える。
すると、クレアは少し悲しそうに眉を下げた。……多分、私が遠慮していると思ったのだろう。
「……そ、その、笑わない?」
私は彼女のこの顔に弱い。だから、私が一応そう前置きをすると、クレアはこくんと首を縦に振ってくれた。
その愛らしい顔に、悲しい表情は似合わない。……そう、私は思っている。
「あ、あのね……その」
「……はい」
「旦那様、最近、私によそよそしくないかしら……?」
目を伏せて、はっきりとそう言う。……そうすれば、私の中の微かな疑問は確かな事実へと変わっていく。
(そうよ。旦那様、ここ最近ずっと私によそよそしいわ……!)
何か隠し事をしている、という言葉が正しいのかもしれない。
それほどまでに、旦那様は最近私に近づこうとしない。
(も、もしかして、浮気……とか?)
一瞬よぎったその不安に、私の顔からサーっと血の気が引いていく。
旦那様に限って、それはない。それはないと言い切れる……のだけれど。やっぱり、結婚して冷めるとか、そういうのはよく聞くものね。
「……そうでしょうか?」
私の言葉に、クレアはきょとんとした表情でそう返してくる。その目は、本気でそう思っているようであり、クレアは気が付いていないのだろう。……もしくは、私だけがそう思っている、とか。
「旦那様は、いつも通り奥様に接していると思いますが……」
「……ううん、私は、よそよそしいと思うのよ」
クレアの言葉に、ゆるゆると首を横に振りながらそう返す。
「なんていうか……その、隠し事、されているんじゃないかって」
今にも消えりそうなほど小さな声でそう言うと、クレアは眉をひそめた。……もしかして、不快にさせてしまった?
「き、気にすることじゃないのは、わかっているの。……ただ、浮気とかだったら、嫌だなぁって……」
毛布を抱きしめて、口元を隠しながらそう言う。言葉にすると、やっぱり傷ついてしまった。
私って、こんなにも弱い人間だっけ? そう思ってしまうほどに、今の私は打たれ弱い。体調のこともあるのだろうけれど、やっぱり……浮気は、ショックなのよ。
(イライジャ様のこともあるしね……)
一度、私は婚約者だった人に捨てられている。ということもあり、もしかしたら私は浮気に人一倍敏感なのかもしれない。
……なんて、思ったところで無駄なんだけれど。
「ま、まぁ、どうせ気のせいだろうけれど――」
クレアの顔を見つめて、そう弁解しようとしたときだった。クレアが、勢いよく私の手を握ってきた。
「奥様!」
「は、はぃ?」
勢いよく私の手を握って、クレアが私のことを呼ぶ。……彼女のその目は、力強さを宿しているようだ。
「旦那様が浮気されているかもと、思われているのですね……?」
「う、うん。けれど、どうせ杞憂――」
「奥様をこんなに不安にさせる旦那様は、ぼこぼこにしましょう!」
……あの、お話が、飛躍していないかしら……?
「あ、あのね、これは私のただの想像で――」
「本当に浮気していたら、ぶっ飛ばします。えぇ、ぶっ飛ばします。……サイラスさんと、ロザリア様と一緒に」
……うん、その援軍は強力すぎる。
心の中で、そう思う。
「でも、奥様がこんなにも悩まれているのに、それに気が付かない旦那様も旦那様です! なので、私が今からぼこぼこにしてきます!」
胸を張って、クレアがそう言ってくれる。
……でもね、クレア。ぼこぼこにする必要はないのよ……。
(そもそも、クレアがぼこぼこに出来るわけないような……)
体格差もあるし、旦那様は男性で、クレアは女性。……力の差はあるし、丈夫さも違う。
そう思いつつ私がクレアに視線を向ければ、彼女は今すぐにでも飛び出しそうな表情をしていた。
……多分、私が「行ってきて」と言えば、即飛び出していくだろう。……そんなこと、させないけれど。
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