第5話 相談事

 次の日の朝。


 私は重苦しい瞼を開いて、ぼうっと天井を見上げる。


 ……身体は、まだ重い。まるで自分の身体ではないのではないかと思えるほどだった。


 そんなことを考えながら、少しだけ身体を動かして壁にかかった時計を見つめる。


 時間は、普段の目覚めの時間よりも二時間ほど遅い。


(……寝かせておいて、くれたのね)


 私の調子が悪いとき、このお屋敷の人たちは皆そろって私をそっとして、寝かせておいてくれる。


 それがありがたいような、何ともむず痒いような。


 そう思いつつ、私はサイドテーブルの上にあるベルをちりんと鳴らす。


 すると、数分後に寝室の扉が開いてマリンが顔を覗かせた。


「奥様~、お目覚めですか?」

「……えぇ」


 控えめにかけられた声に、私は返事をする。そうすれば、彼女はホッと胸をなでおろしつつ、私の方に近づいてきてくれた。


 押しているワゴンには、朝食などが載せられている。


「あまり食欲がないかもしれませんが、食事をされなければ余計にお身体に悪いので……」


 それは、理解している。なので、私は文句を言うことなく頷いた。


「旦那様にも、奥様がお目覚めになったという連絡を入れておきますね」

「……けれど、無駄に心配をかけてしまうじゃない」


 そうだ。ただでさえ旦那様はお忙しいのだ。最近はそのお忙しさに拍車がかかっているというし、あまり手を煩わせるわけには――。


「いえいえ、旦那様も奥様のご体調を心配されておりましたので」


 対するマリンはにっこりと笑ってそう言ってくれる。……そっか。私はもう、一人じゃないんだ。


 サイドテーブルの上に並べられる食事を見つめつつ、私は一人で思考回路を動かした。


(いつまでも、この調子でいいわけがないわよね……)


 考えることは、大体一緒。このままでいいわけがないということ。


 だって、私が体調不良で倒れるたびに、心配をかけてしまう。それに……。


(王国の土の状況も、芳しくないというし……)


 旦那様が時折そんなお話を教えてくださっていた。だから、私はそんな情報を手に入れている。


 作物が上手く育たないという要望書は、旦那様のところにたくさん届いているそうだ。専用の肥料をまくという手もあるけれど、それは所詮一時しのぎにしかならない。


 根本を解決しないことには、上手くいかない。


(だけど、その根本は、どうすればいいのかしら……?)


 『豊穣の巫女』は自然と魔力がリンクしているだけではなく、その自然に魔力を送ることが出来る。


 しかし、それ何度も何度も訓練して出来ること。……現状の私じゃ、無理に等しいのだ。


「でも、私しかいない……」


 ボソッとそう言葉を零してしまう。


 現在のウィリス王国には『土の豊穣の巫女』は私しかいないそうだ。ほかの自然を司る『豊穣の巫女』はいらっしゃるらしいけれど、土は私一人。……つまり、私が何とかするしかない。


 自分の手のひらを見つめる。……ちょっと荒れた手。庭師と一緒に庭仕事をしているから、当たり前なのかもしれない。けど、貴族令嬢としてはダメなのだろうな。なんて。


「奥様? 何か考え事でございますか……?」


 そんなことを思っていると、不意にマリンがそう声をかけてきた。そのため、私は誤魔化すように笑う。


「いえ、何でもないわ」

「……そうでございますか」


 マリンが悲しそうな表情を見せる。……ごめんなさい。これは、マリンやクレアには相談できないことなのよ。


(だったら、サイラスに相談するのが一番なのかも……)


 旦那様はお忙しいし、こういうことを相談するのに適任なのはやっぱりサイラスだ。……時間を、作ってもらおうか。


「……ねぇ、マリン」


 そう思ったから、私はグラスに注がれたお水を一口飲んで、マリンに声をかけた。


 すると、彼女は少し間をおいて「はい」と返事をくれる。……その声は、いつもよりも覇気がない。


(やっぱり、クレアとマリンにも心配ばっかりかけているのね……)


 体調が悪いと、心の調子も悪くなってしまう。それを再認識しつつ、私はマリンの目をまっすぐに見つめた。


 彼女の視線と、私の視線がばっちりと交わる。


「あのね、サイラスに相談があるの。……少し、時間を作ってもらえないか頼んでくれないかしら?」

「……サイラスさんに、ですか?」

「えぇ。……魔力関係のこと、だから」


 そっと視線を下げてそう言えば、マリンは少し考えたのちに頷いてくれた。


「それは承知いたしました。ですが、旦那様も交えた方がいいかと、思います」

「……旦那様も?」

「はい。……旦那様も、ある程度は知識があると思われますので」


 私の不安を和らげるかのように、マリンが笑ってそう言ってくれる。


 ……そっか。


「じゃあ、旦那様にも時間を作ってもらわなくちゃ」


 その笑みを見ていると、私も自然とそう言えた。……不思議なほどに口が自然とその言葉を紡いだのだ。

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