第3話 近づく限界

「はい、よろしいですよ」


 その後、私は旦那様と共にダンスの練習に励んだ。


 サイラス曰く、旦那様もダンスはかなり久々だったらしく、かなり腕が落ちていると。


 そう言ったサイラスの目は、何処となく怖かった。それこそ、旦那様が怯んでしまわれるくらいには。


「旦那様。少々、腕が鈍っていらっしゃるご様子ですね」

「……あ、あぁ、しばらく、踊っていなかったからな」

「というわけで、今後は奥様と共にダンスの練習をしましょう。それこそ、辺境伯として侮られないほどにならなくては」

「え……」


 サイラスの言葉に、旦那様が言葉を詰まらせてしまわれた。


 ……サイラスのダンスレッスンはかなりのスパルタである。正直なところ、出来れば受けたくないと思うほどに。


 それを、旦那様は理解されているのだ。だから、こんなにも怯まれている。


「お、俺は……だな。仕事が立て込んでいて……」

「そんなつもりでどうするのですか。今後、社交の場で奥様とお踊りになられるのでしょう?」

「う、だ、だがな……」

「問答無用です。旦那様のお仕事のスケジュールはこちらで調整しておきますので」


 どうやら、旦那様も今後ダンスのレッスンに参加することが決まったらしい。


 それを悟りつつ、私はほんの少しだけ肩をすくめた。


(正直、嬉しいの……かも)


 旦那様はお忙しいので、最近あまりともに居られる時間がない。そういうこともあり、私は少し、ほんの少し寂しかった。


 だから、旦那様と少しでも一緒に居られるのが、嬉しいのだ。


「奥様、よかったですねー!」


 私のその様子を見てか、クレアがにっこりと笑ってそう声をかけてくれる。……どうやら、彼女とマリンには私の心の奥底の気持ちなどお見通しらしい。


「えぇ、本当によか――」


 ――よかった。


 そう、口に出そうとしたときだった。


「――っ!」


 私の身体が、不意に傾いていく。その場に倒れこみそうになったものの、寸前でマリンが私の身体を受け止めてくれた。


「シェリル!」


 驚いたような旦那様のお声が聞こえてくる。そのお声に耳を傾けながら、私は重たい瞼を開いた。


 心配そうに私の顔を、旦那様が覗き込んでいらっしゃる。……どうして、そんなにも悲しそうなお顔をされているの?


「旦那様。至急、奥様を私室に!」

「わかっている!」


 サイラスの指示を聞いて、旦那様が私のことを横抱きにしてくださる。普段ならば照れてしまうこの状況。けれど、今は照れることなんて出来ない。


(身体に、力が入らない……)


 どうしてなのだろうか。割と意識ははっきりとしているのに、身体に力が入らないのだ。


 口を動かすことさえも、瞼を開けることも億劫で。私はただ旦那様に運ばれることしか出来ない。


「至急、ロザリアさんを呼びます!」

「お願いします、マリン」


 側からサイラスとマリンのそんな会話が聞こえてくる。周囲は楽しい雰囲気から一転、慌ただしい空気となった。


(私の、所為で……)


 そう思うと、辛くなってしまう。


 最近の私は、どうにも調子が悪い。その所為なのか、こういう風に倒れてしまうことも少なくなかった。


 だけど……。


(なんとなく、どんどんひどくなっているような……)


 倒れる頻度は高くなっている。挙句、私の調子もどんどん悪くなっている。


 手を打っていないわけではない。私だって魔力補充のサプリメントは呑んでいるし、魔法使いの方も在中してくださっているし……。


(……なんだか、迷惑ばっかりかけてしまっているわ)


 体調が悪いと、心まで弱くなってしまうのだろう。


 私は、ふとそう思ってしまった。


 私が倒れるたびに振り回される使用人たち。彼らは文句一つ言わずに私の看病をしてくれるけれど、このままでいいとは思えなかった。


「シェリル、大丈夫だからな」


 旦那様が、ふと私に声をかけてくださった。その声は何処となく震えており、旦那様の方が大丈夫じゃなさそうだった。


 ……そりゃそうか。新婚の妻がこんなにも頻繁に倒れてしまったら、疲れてしまわれるだろう。


「……だん、な、さま」


 力の入らない手で、ぎゅっと旦那様の衣服を握る。


「どうした?」

「ご、めんな、さい……」


 どうしてこんなにも倒れてしまうのだろうか。どうして――迷惑ばかりかけてしまうのだろうか。


 そんなことを思うと、私の口は自然と謝罪の言葉を発していた。


「シェリルが悪いわけじゃない。……とりあえず、休もう」

「……は、ぃ」


 そのお言葉には、頷くことしか出来なかった。


(……わた、し、どう、なっちゃうのかな……?)


 なんとなく、嫌な予感がしてしまう。


 やっと幸せを手に入れられたと思ったのに。なのに……私は、このままどうにかなってしまうのではないだろうか。


 そういった不安が私の中に芽生えて、消えてくれない。


「……シェリル」


 旦那様が私の名前を呼び、髪の毛を撫でてくださった。


 ……それだけで、私は幸せだった。

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