本編Ⅲ

第1話 新米奥様と使用人

 しとしとと窓の外で雨が降ってる。


 その光景をちらりと見つめつつ、私はパンパンとたたかれる手に合わせて、ステップを踏む。


(……そろそろ、足が痛くなりそう)


 心の中でそう思いつつ、私、シェリル・リスターは覚えたダンスのステップを踏む。


 そんな私を見つめるのは、このリスター家の執事であるサイラス。元々は『サイラスさん』と呼んでいたけれど、この家の奥様になった以上呼び捨てが妥当。そういわれ、私は彼をサイラスと呼ぶようになった。


「えぇ、奥様。かなり良くなりましたよ。……休憩にいたしましょうか」


 それから少しした頃。サイラスはそう言ってくれた。


 それに合わせるかのように、私の専属侍女であるクレアとマリンがすたすたとやってくる。彼女たちは手早く椅子を用意すると、汗をぬぐうためのタオルと、冷たいお水をサイドテーブルにおいてくれた。


「いやぁ、かなり上達しましたね。この調子ですと、もうすぐダンスのレッスンも終えることが出来そうですよ」


 ニコニコと笑いつつ、サイラスが私に声をかけてくる。


 ……正直、ダンスのレッスンは苦手だ。体力を使うことに問題はない。問題があるとすれば……そう、私のリズム感のなさ。


(ここでやって行こうと思ってから頑張ってきたのだけれどね……)


 私はそう思って苦笑を浮かべる。


 ここ、リスター家はウィリス王国の辺境伯爵家の一つであり、王国にとって守りの要の家の一つである。


 そんなリスター家の現当主ギルバート・リスター様と結婚して早三ヶ月。……私は、奥様業に勤しんでいた。


「そういえば、奥様。この間からあまり体調がよろしくないと、おっしゃっておりましたが……」


 マリンがそう声をかけてくる。なので、私は心配をかけまいと笑う。


 そう、私は結婚式以来あまり体調がすぐれない日々を過ごしている。初めはただの体調不良だろうと思っていたけれど、どうにもそうではないらしい。


(……なんとなく、魔力関連のような気がするのよね……)


 私は『豊穣の巫女』という特殊な女性……らしい。


 『豊穣の巫女』とは王国の自然と魔力が連動した女性のことを呼ぶ。それぞれ土や風、水に炎など。


 それらと体内の魔力が連動しているため、自然の魔力が枯渇し始めると『豊穣の巫女』の魔力も少なくなっていく。


 訓練をすれば自身の特殊な魔力を使い、自然に魔力を送ることも出来るそうなのだけれど、そこに関してはまだ私にはできない。訓練中という奴なのだ。


「……えぇ、けれど、大丈夫よ。それに、いつまでも寝込んでいるわけにはいかないもの」


 体調が悪いからと言って、いつまでも寝込んでいてはダメなのだ。


 だって、私はこのリスター家の夫人。いつまでも寝込んで、奥様業を放棄するわけにはいかない。


(それに、今はまだまだ新婚だもの。周囲に私のことを知ってもらう必要がある)


 私は王都貴族の生まれ。辺境貴族の社交には不慣れだし、顔も覚えてもらっていない。それすなわち、今の私はコネづくりに勤しむべきなのだ。


「……ですが、奥様。無茶はよろしくありませんよ」


 マリンと私の会話を聞いて、サイラスがそう声をかけてくる。その目には心配が色濃く宿っており、私は肩をすくめることしか出来なかった。


「頑張るのと無茶は似ているようで違います。お身体の方も、大切になさらないと……」

「……わかっているわ」


 貴族の妻の一番の大仕事は、跡取りを産むことなのだ。私が身体を壊し、子を産めなくなっては元も子もない。


 それは、わかっているけれど……。


(旦那様のためにも、何かやりたいのよ……)


 私の夫となったギルバート様。彼のために、私は頑張りたかった。


 だって、私のことを救ってくださって、幸せにしてくださっているのだもの。私も少しは恩を返さないとならない。受けてばかりは、性に合わない。


「まぁまぁ、サイラスさん。奥様だってそれくらいわかっていらっしゃいますよ」

「……さようでございますか」


 あまりにも私の顔が暗い所為なのか、クレアがそう声をかけていた。そうすれば、サイラスは少し眉を下げる。……悪いことを、してしまったわ。


「いえ、サイラスの言っていることもわかるのよ。……貴族の妻の一番の仕事は跡取りを産むことだものね」


 もう、私はここに来た頃のお客様ではない。今の私はここの奥様なのだ。……いつまでものんきな考えではいられない。


「そういう意味ではございませんよ。このサイラス、奥様のことを大切な娘のように思っておりますから」

「……そうなの、ね」

「えぇ、クレアとマリン。それから奥様はサイラスの大切な娘のような存在でございます」


 胸を張って、サイラスがそう言ってくれる。その言葉を聞いたためなのか、クレアとマリンが嬉しそうな声を上げていた。


「そうなりますと、私たちと奥様は姉妹ですよ!」

「そう、ね」

「とても嬉しいです! 奥様のような素晴らしい方と姉妹なんて……!」


 きゃっきゃとはしゃぐ二人が、とても可愛らしい。思わず頬を緩ませていれば、サイラスも笑っていた。


 ……どうやら、私の気を緩ませてくれていたらしい。……感謝しかない。

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