初めての子守り(6)
それから私たちは他愛もない話に花を咲かす。
子守りをお願いされたときは、いろいろとドキドキとしたけれど、案外出来るものだと思った。
まぁ、それはセレスティン様がある程度の年齢になっているから、だろうけれど……。
「ところで、シェリル様」
そんなことを思っていると、ふとセレスティン様が改まって声をかけてきた。
なので、私はきょとんとしてしまう。彼女は、そんな私に気が付くことなく、口をもごもごと動かす。
「どう、なさいました?」
「……い、いえ、その、ね」
口だけではなく、手ももごもごと動いている。……何か、言いにくいことでもあるのかしら?
「わたくし、こういう性格だから……その」
「……はい」
「お友達が、いないの」
そう言ったセレスティン様のお声は、露骨に震えていた。
……そっか。
(じゃあ、次に望むであろうお言葉は――)
セレスティン様の言いたいことが大体わかったので、私は笑う。そうすれば、セレスティン様が俯いた。
……言いにくいと、思っているのね。だったら。
「では、私をセレスティン様のお友達の一人目に、してくださいますか?」
「……え?」
はっきりと告げた私の言葉に、セレスティン様が顔を上げる。その目はぱちぱちと瞬いていた。
でも、すぐにぱぁっと顔を嬉しそうに緩めていた。
「い、いいのですか?」
「えぇ、むしろ、こちらからお願いしたいくらいです」
私にも、社交界で友人はほとんどいない。……あえて言うのならば、ギルバート様の従妹であられるジェセニア様くらいだもの。
「私も、あまりお友達がいなくて……」
苦笑を浮かべながらそう言うと、セレスティン様は驚いたようなお顔をした。
その表情はまさかそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかったようで。……私、お友達が多そうに見えるの?
(まぁ、アシュフィールド家にいた頃は、社交の場にも顔なんて出さなかったし。……仕方がないと言えば、仕方がないのかも)
あの頃は、いろいろと辛いことも多かった。だけど、今が幸せだから。私はそれで――いいと思っている。
「で、では、わたくしの方からもお願いします! お友達に、なってくださいませ……!」
そう言ったセレスティン様がおずおずと手を差し出してくれたので、私はその手にそっと自分の手を重ねた。
すると、セレスティン様は表情を緩める。……とっても、可愛らしかった。
「わたくし、立派な淑女になりますわ! いつか、シェリル様みたいになります!」
きらきらと目を輝かせて、セレスティン様はそう言ってくれた。……まぁ、私が良い目標になるかどうかは、別だけれど。
「……ありがとうございます」
けれど、彼女の言葉を無下にすることも出来なくて。私は肩をすくめながら、苦笑を浮かべてそう言うのだった。
◇
それからしばらくの時間が経って。
ユーイン様とアダリネ様がお屋敷に戻ってこられた。
お二人はすっかり私になついたセレスティン様を見られて、微笑まれる。どうやら、私たちが上手くやって行けるか多少なりとも不安だったらしい。
「シェリル、悪かったな。子守りを任せてしまって」
その後、私はギルバート様と二人きりの時間を過ごしていた。ギルバート様は開口一番にそう謝罪をされた。
……気にしても、いないのに。
「いえ、楽しかったです。……子守りも新鮮でしたし、セレスティン様はとってもいい子でしたもの」
にっこりと笑ってそう告げると、ギルバート様が何処となく微妙そうな表情を浮かべられる。……何か、あるのかしら?
「どう、なさいました?」
紅茶の入ったカップをテーブルの上に戻して、そう問いかける。そうすれば、ギルバート様はゆるゆると首を横に振られる。
「大したことじゃない。……ただ、シェリルは子供が好きなんだな、と思ってな」
「……それが、どう、なさいました?」
それくらい、別に大したことじゃないと思う。
そう思って私がきょとんとしていれば、ギルバート様は私のことをまっすぐに見つめてこられる。……その目が、私だけを映している。
「いつか、本当にいつかの話だ。……俺とシェリルの間に、子供が出来たら……と思ってな」
「っつ」
ギルバート様のそのお言葉に、私は顔が熱くなるのを実感した。
……そう、そうよね。私は貴族の妻なのだもの。子を産むことが、一番の役割だもの。
「それに、シェリルの子供だったら大層可愛いだろうな、と思った」
「……ギルバート様」
けど、ギルバート様が続けられたお言葉で、私は真意を理解する。
このお方は、跡取りとして子供を望まれているのではない。……私との子供を、望まれているのだ。
「まぁ、いつになるかはわからないが……」
ギルバート様が、俯きがちにそうおっしゃる。
確かにいつになるかは、わからない。だけど……。
「でも、いつかは欲しいです」
私は彼の顔をまっすぐに見つめて、はっきりとそう言った。
「……シェリル」
「きっと、とっても素敵な子が、生まれてきます」
私ははにかみながら――そう、言った。
その言葉を聞かれたからなのだろうな。ギルバート様は……笑われた。それはそれは、きれいな笑みで。
「ギルバート様。……好きです」
「……おれ、も、だ」
私の告白に、ギルバート様はたどたどしくそう返してくださる。
そういうところも――たまらなく、好きなのだ。
【END】
※続けて第3部の方も掲載していきます。どうぞ、よろしくお願いいたします……!
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