初めての子守り(5)

 それからしばらくして、遠くからクレアの私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。


 どうやら、お茶会の準備がもうすぐで終わるらしい。


「行きましょうか、セレスティン様」

「……え、えぇ」


 彼女の言動が少しおかしいのは、多分私とギルバート様の年齢差を聞いたからだ。


 ……確かに、彼女のような反応をする方が正しいものね。


 そんなことを思ってお茶会のスペースに向かう。


 お茶会用のテーブルにはレースのテーブルクロスが敷かれている。その上には、お皿に載った色とりどりのマカロンがある。さらには、二人分の焼き菓子なんかも並べられていた。


「申し訳ございません、シェリル様。突然でしたので、あんまり準備できなくて……」


 マリンが私にだけ聞こえる声量でそう謝罪してくる。だから、私はゆるゆると首を横に振る。これだけ準備できただけでも、よかったわ。


「いいえ、いいの。……セレスティン様、嬉しそうだもの」


 先ほどまで動揺していたセレスティン様は、目をキラキラとさせながらマカロンや焼き菓子を見つめている。


 それにほっとしたらしく、マリンは息を吐いていた。


「セレスティン様、席に着きましょうか」

「え、えぇ!」


 お菓子に見惚れていたセレスティン様にそう声をかけて、私は席に腰を下ろす。対面の席には、もちろんセレスティン様。


 私たちが椅子に腰を下ろせば、クレアがティーポットを持ってきてくれる。そのまま優雅な仕草でティーカップに温かい紅茶を注いでいく。


「……普段、こういうのはサイラスさんの役目なんですけれどね」


 クレアが苦笑を浮かべながらそう言う。……確かに、そうね。私の社交の練習の際、お茶を注ぐのはいつだってサイラスさんだった。


「でも、クレアも上手よ」


 にっこりと笑ってそう言うと、クレアは「よかったぁ」と言って胸を撫でおろす。


「これでも、私、サイラスさんの義理の娘ですから。……習っていたんですよ」

「……そうなの?」

「えぇ、マリンも一通りのことはできます!」


 目元をきりりとさせながら、クレアがそういう。……そっか。彼女たちが有能なのには、しっかりとしたわけがあるのね。


 クレアとある程度会話をし終えた後、セレスティン様に視線を向ける。彼女はお菓子だけではなく、お茶にもきらきらとした視線を送っている。……何もかもが、珍しいのかも。


(お茶会と言っても、何をすればいいのかまだいまいちよくわからないのよね……)


 社交の場のお茶会だと、腹の探り合いをするものだと教わっている。相手の近況を探ったり、噂話を仕入れたり。それが主だけれど、こういうプライベートなお茶会だとそういうことはしなくていいのよね。……そもそも、相手は幼いセレスティン様だし。


「ね、ねぇ、食べてもいいかしら……?」


 そんなことを私が一人考えていると、セレスティン様はマリンにそう声をかけていた。だからなのか、マリンはにっこりと笑って頷いていた。


 それを見て、セレスティン様はマカロンの一つを手に取る。真っ赤なマカロンは、大層美味しそうだ。


 セレスティン様は嬉しそうにそのマカロンを口に運ぶ。……その後、目を大きく開いた。


「美味しい!」


 頬に手を当てながら、セレスティン様はそういう。……そっか、よかった。


 そう思いつつ、私もマカロンを手に取る。桃色のマカロンは、何味なのだろうか。


「そちらはラズベリー味でございます。ちなみに、セレスティン様がお口にされたのはストロベリーの味でございますよ」


 私の疑問を感じ取ってか、マリンがそう教えてくれた。……そっか。


「セレスティン様。そちらのマカロンはストロベリー味でございますよ」

「まぁ、そうなのね!」

「はい。ちなみに、ストロベリーを作られたのはシェリル様なんですよ~」


 クレアはそう言って何故か胸を張る。……うん、意味がわからない。


(というか、私が作ったものがこんな風に使われているのね……)


 ストロベリーは割と育てやすいらしい。だから、ちょっと作ってみたのだ。


 そして、たくさん収穫できたので料理人に使ってほしいとお願いした。そうすれば、料理人は感激していた。


『では、ケーキなどに使わせていただきますね!』


 彼はそう言ってくれていたけれど、まさか本当に使ってくれているなんて……。


「え、そうなのですか?」


 セレスティン様が驚いたような視線を私に向けてくる。……なので、私はこくんと首を縦に振った。


「えぇ、そう、です。私も、自分が作ったものがこういう風に使われているのは、初めて知りましたけれど」


 少し首をかしげながらそう言うと、セレスティン様はまた目をキラキラとさせていた。……どうやら、彼女はいろいろなことが知りたいらしい。そのうえで、知ったことのすべてをいいことだと受け入れているみたい。


「わ、わたくしも、いつか作るわ!」

「……そのためにはまず、ガーデニングからですねぇ」

「……そうなの?」

「えぇ、フルーツやお野菜の栽培は、とても大変なのですよ」


 セレスティン様の疑問に、マリンが一つ一つ丁寧に答えていた。


 それをセレスティン様は楽しそうに聞いている。……やっぱり、可愛らしい。

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