初めての子守り(2)
◇
「やぁ、久しぶりだね、ギル。……いや、今はリスター伯爵と言った方がいいかい?」
「別にどっちでも構わない」
翌日。お昼ごろにテュレル子爵家の方々がお屋敷にやってきた。
ギルバート様よりも少し若く見える男性と、男性と同年代に見える女性。あとは……十歳前後の女の子が、一人。
「じゃあ、遠慮なくギルと呼ぼう。セレスティン。覚えているかい? キミが幼い頃に何度か会っているんだが……」
テュレル子爵……もとい、ユーイン様はそう言って自身の背中に隠れる幼い女の子を引っ張りだした。
そうすれば、幼い女の子……セレスティン様はぷぅっと頬を膨らませていた。
「……覚えていないわ」
しかし、どうやら正直者らしい。彼女はそれだけ答えると、ユーイン様の後ろに隠れる。
「そうだな。俺とセレスティン嬢が最後に会ったのは、もう七年以上前だ。覚えているわけがない」
「ははっ、お前は本当にさっぱりした性格だな。……ところで、そちらのお嬢さんがお前の婚約者様かい?」
突如、会話を振られた。驚いて身を固くしてしまうけれど、必死に取り繕った笑みを浮かべる。その後、ワンピースの裾をちょんと持って一礼をする。
「初めまして。シェリルと申します」
端的な自己紹介をすれば、ユーイン様はにっこりと笑われた。ギルバート様とは違う、優男風の彼。……何処となく、イライジャ様を彷彿とさせてきて、いい気分にはならなかった。
(でも、このお方はイライジャ様とは違うものね……)
だったら、私はこのお屋敷の者として歓迎するべきだ。
その一心で、私はぎこちない笑みを浮かべる。
「そうかそうか。……ぜひ、挙式には呼んでくれよ。幼馴染として、祝福したい」
「……あぁ」
「それにしても、なんというか不思議だな。……お前が結婚なんて、一生ないと思っていたよ」
けらけらと声を上げて、ユーイン様が笑われる。対するギルバート様はほんの少し眉をひそめていらっしゃった。……あまり、触れられたくない話題なのだろう。それは、容易に想像がつく。
そんなことを考えていれば、不意にサイラスさんが手をぱんぱんとたたく。
「まぁまぁ、ユーイン様。旦那様をからかうのはそこまでにされて、続きはお屋敷の中でお話ししましょう」
サイラスさんがそう声をかければ、ユーイン様はハッとして頷かれた。どうやら、久々にギルバート様とお会いできてお話しが楽しいご様子だ。
「昼は食べたか?」
「いや、まだだよ」
「そうか。よかった、一応用意させてあるんだ」
ギルバート様とユーイン様は私の目の前を歩かれている。私のお隣には、夫人と夫人に引っ付いているセレスティン様がいた。
「……初めまして」
一応とばかりに自己紹介をすれば、彼女は夫人の背中に隠れてしまった。……人見知りが、激しいのかしら?
「ごめんなさいね、婚約者様。セレスティンは本当に人見知りで……。あ、私はアダリネと言いますの。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「あっ、シェリルと申します」
自己紹介をされたら、自己紹介で返す。それがマナーだ。……それに、私は夫人、アダリネ様には自己紹介をしていないわけだし。
「ほら、セレスティンも自己紹介なさい。……いずれ社交界に出たときに、恥をかくのは貴女よ」
アダリネ様に軽く背中をたたかれて、セレスティン様がおずおずと私の前に来る。彼女はちょんとワンピースの裾を持って、「セレスティン、です」と今にも消え入りそうなほど小さな声で自己紹介をしてくれた。
「そうなのね。私はシェリルよ。……しばらくの間だけれど、よろしくね」
子供なのだから、ほんの少し距離を縮めた方がいいかも。
その一心で、私はセレスティン様と視線を合わせるように屈みこんで、にっこりと笑う。すると、彼女はアダリネ様の後ろに隠れてしまった。……怖かった、かな?
「本当にこの子は……」
「いえ、特にお気になさらず」
アダリネ様のつぶやきに、そう言葉を返す。
(人見知りが激しいと、社交界では不利なのよね……)
実際、社交界では見知らぬ人と腹の探り合いをしなければならない。人見知りだと、その分不利だ。
(でも、セレスティン様はなんとかしたいと思われているみたいだわ……)
先ほどの態度からするに、セレスティン様はこの現状を良くは思っていない。……克服しようと、しているようだ。
だったら、私がそのお手伝いを出来たらいいのだけれど……。
そう思っていると、目の前に食堂の扉が見えてくる。……どうやら、会話は一旦ここで終わりらしい。
だから、私が視線をセレスティン様から食堂の方に向けた時だった。
「あ、あのっ!」
セレスティン様がいきなり私のワンピースを掴んできたのだ。
なので、彼女に視線を向ける。……彼女は、もじもじとしながら私のことを見つめてきた。
何だろうか。私に、用事だろうか……?
(っていうか、可愛い……!)
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