第50話 招待状
「はぃ?」
エリカが怪訝そうな声を上げて、こちらを振り返る。
そんな彼女の愛らしさに胸を打たれてしまいそうになるけれど、今はそれよりも大切なことがあると思いなおす。
「ちょっと、渡し忘れたものがあった」
そして、ギルバート様はそうおっしゃって懐から一枚の封筒を取り出される。
そのままエリカにその封筒を手渡せば、彼女はただでさえ真ん丸な目をさらに丸くしていた。
「……これって」
彼女のその言葉に、私は静かに頷いた。
「よかったら、来てくれない?」
そっとそう声をかければ、エリカは「……いいの?」と言いながら私とギルバート様の目を交互に見つめていた。
だからこそ、私は頷きながら「エリカに、来てほしいのよ」と言ってにっこりとした笑みを浮かべる。
「……でも」
エリカは少しためらいがちにギルバート様に視線を向けた。それに対してギルバート様は「……花嫁側の親族が一人もいないのは、変だろう」とおっしゃってプイっと顔を背けられる。
確かに少し変かもしれないけれど、別に咎められるようなことじゃない。つまり、これはギルバート様なりの照れ隠しなのだ。
「……そう、ですか」
エリカはギルバート様のお言葉を聞いてどう思ったのだろうか。そう思い不安を抱いていれば、エリカはおもむろにプッと噴き出す。
「お義姉様ったら、おかしなお顔」
それから、彼女はそう言ってくれた。
「……ありがとう。ぜひとも、出席するわ」
彼女はそれだけを告げて、馬車に乗り込んだ。大切そうに封筒を抱きしめる彼女の姿を見つめていれば、エリカは口パクで「バイバイ」と伝えてくる。それから、その手を振ってくれた。
なので、私もゆっくりと手を振る。エリカの乗った馬車が見えなくなるまで手を振っていれば、不意にギルバート様に肩を抱き寄せられる。
それに驚いていれば、ギルバート様は「……これで、よかったのか?」と問いかけてこられた。
そのお言葉の意味は、大体わかる。エリカを一人にしても大丈夫か、ということなのだろう。
それを悟りつつも、私は「大丈夫です」と言って目を細める。
「あの子は、見た目に似合わずとても強いです」
「……そうか」
「はい。お父様やお義母様の脅威がなくなった今、あの子はあの子らしく生きられます」
エヴェラルド様とも無事仲直りしたというし、エリカはもう大丈夫だろう。
そんな風に思っていれば、ギルバート様は「……シェリルが、そういうのならばいいんだが」と小さくこぼされる。
「正直、エリカ嬢をここに滞在させてほしいと言われたときは、いろいろと思ったがな」
「……それは、申し訳ないと思っています」
「だが、いろいろとエリカ嬢も苦労していたんだな。……それを知ったら、ますますアシュフィールド夫妻が許せそうにない」
ゆるゆると首を横に振られて、ギルバート様がそう告げてくださる。
「でも、もう関係ないです」
しかし、私はそう言ってギルバート様の目をまっすぐに見つめた。その目が、驚愕の色に染まっているんは気のせいではないのだろう。
「私もエリカも、お父様やお義母様の支配下にはもういない。……それぞれの道で、幸せになります」
にっこりと笑ってそう告げれば、ギルバート様は「そうか」とおっしゃってくださった。
「じゃあ、そろそろ屋敷に戻るか」
「そうですね」
ギルバート様のお言葉にそう返事をして、私はそっと手を差し出す。そうすれば、ギルバート様は控えめに手を重ねてくださった。
その手をぎゅっと握りながら、私は「今日は、靴屋さんが来てくださるのですよね?」と問いかける。
「あぁ、あと宝石商を呼んである。……挙式の際のドレスは決まったが、ほかの小物類がまだだったからな」
あと少しに迫った挙式の準備は着々と進められている。
もうすぐ各所に招待状を送ることになっていた。辺境で最も豪華な教会で、私たちは結婚式を挙げるのだ。
「豪華さは、あまり必要ありませんから」
ギルバート様の目をまっすぐに見つめて、私はそう伝える。すると、ギルバート様は黙ってしまわれた。
「もちろん、辺境伯の挙式ということは、それ相応の豪華さは必要なのかもしれません。……でも」
「でも?」
「私は、ギルバート様とだったらこじんまりとした教会で挙げる結婚式でも幸せです」
出来る限りにっこりと笑って、そう告げる。ほんのりと赤くなっているであろう頬を隠すようにプイっと視線を背ければ、ギルバート様は「……そうか」と小さく声を零されていた。
「せっかくだし、大規模な披露宴が終わったら、小規模な披露宴でも開くか」
「……どういうこと、ですか?」
「親しい者だけを集めた小規模なものだ。それに、サイラスたちだって祝いたいっていう顔をしていたしな」
ギルバート様が苦笑を浮かべながらそうおっしゃる。
だからこそ、私がマリンやクレアに視線を向ければ「はーい!」と言って手を挙げていた。
「私たちもお祝いしたいです!」
「なので、ぜひぜひ開いてください!」
少し食い気味にそういう二人に若干引きつつも、私は「ありがとう」と自然と言えていた。
エリカに渡した挙式の招待状は、実のところ一通目だった。私がわがままを言って、一通目をエリカに渡してもらったのだ。
「さて、これから忙しくなるな」
「はい」
そんな会話をしつつ、私たちはお屋敷に足を踏み入れる。
私たちの生活は――まだまだ、始まったばっかりだから。
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