第51話 最高の日に
教会の控室にも飾られているステンドグラスは、とても美しい。
ぼんやりとしながらそれを見つめていれば、私の化粧をしてくれていたクレアが「できましたよ」と声をかけてくれた。
「シェリル様、とてもお綺麗です……!」
そして、そんな言葉をくれる。
その言葉に肩をすくめながら「ありがとう」と言えば、マリンは「本当にお綺麗です……!」と感動したような声で言ってくれた。
「うぅ、いよいよこの日が訪れたのですね……!」
マリンのその言葉に、私は「えぇ、ようやく……なの、かしら?」とちょっとだけ首をかしげながら返事をした。
今日は晴天。絶好の結婚式日和。そう思いつつ、私は控室から窓の外を見つめる。
「クレア、マリン。本当にお世話になったわね」
肩をすくめたままそう言えば、二人は「今後もお世話しますよ~!」と張り切った風に言ってくれる。それが何処となく面白くて、私は笑ってしまった。
「そういえば、シェリル様とお呼びするのも本日が最後ですね」
不意にクレアがそう告げる。……そういえば、そうなのか。
私がそのことに気が付き目を大きく見開けば、彼女は「今後は奥様呼びですからね~」とのんきに言う。
「いやぁ、本当に間違えそうですよ」
「……間違えてくれても、別に構わないわよ」
奥様呼びは嬉しいと言えば嬉しいのだけれど、ほんの少し寂しい。そう思って私が苦笑を浮かべていれば、マリンは「たまにはシェリル様とお呼びしましょうね」と言ってくれた。
「えぇ、お願い」
彼女のその言葉に頷いていれば、不意に控室の扉がノックされる。それに驚きつつも「どうぞ」と返事をすれば、扉が開いてサイラスさんとギルバート様が顔を出してくださった。
本日サイラスさんには私のエスコート役を頼んである。普通は父親がするものなのだけれど、生憎と言っていいのか私は絶縁状態だから。
「シェリル様、本当のお綺麗になられて……!」
もうすでに涙ぐんでいるサイラスさんに「ありがとう」とお礼を告げて、私はギルバート様を見据える。
すると、彼はそっと目を逸らしながら「……本当に、きれいだ」と小さな小さな声でおっしゃってくれた。
「旦那様。もう少し大きな声で」
「無茶を言うな。……言葉が、出てこないんだ」
サイラスさんの無茶ぶりに少し顔を赤くしながら、ギルバート様はそう告げてこられる。
そんな二人のじゃれ合いを見つつ、私は「……そろそろ、でしょうか?」と声をかけた。
「……あぁ、そろそろだな。だが、まだ実は少しだけ余裕があるんだ」
私の問いかけに、ギルバート様は肩をすくめられながらそうおっしゃった。その後、彼は「……少し、シェリルと二人きりにしてほしい」とサイラスさん、クレアとマリンに告げられる。そうすれば、三人は文句一つなく「では、また後で」と言って控室を出て行く。
「……ギルバート様?」
驚きつつも私が彼に声をかければ、彼は「……本当に、不思議な気分だ」とボソッと言葉を零される。
「まさか、俺が結婚するなんてな」
そして、ギルバート様はそんな言葉を続けられた。
「それに、十五も年下の女に惚れるなんて思いもしなかった」
「……ギルバート様」
「いつもはあんまり言えていないが、今日くらいは言わせてくれ――」
――シェリル、大好きだ。
凛とした声で、そう告げられる。それに驚いて私は目を見開く。でも、すぐに現実に戻ってきた。
なので、私は「私も、です」と小さな声で言う。
「私も、ギルバート様のことが大好きです」
「……あぁ」
「ずっと、一緒に居たいです」
真剣にそう告げれば、彼は何を思われたのか「……可愛いな」と言葉を告げてこられた。普段はあまりそんなお言葉を告げてくださらないので、なんだか胸がドキドキする。
「……いろいろと、あったな」
「はい」
ここに来たのは婚約破棄がきっかけだった。お父様とお義母様に邪魔者を追い出すように辺境に嫁ぐようにと命じられた。
ギルバート様は冷酷だと言われていたけれど、実際はとてもお優しい人。それに気が付いてからと言うもの、私はどんどん彼のことが好きになって――……。
(それに、私が『豊穣の巫女』だっていうことも、知れた)
面倒な体質だとは思う。けれど、私は私を認めてくれた人たちのためにこの力を存分に活かしたいと思っている。
それは、私の紛れもない本音だった。
「シェリルに出逢えて、よかった」
ギルバート様が不意に零されたお言葉に、私は「私もです」と言ってはにかむ。
「……そうか。そう言ってくれると、嬉しいな」
「……はい」
「そろそろ、行くか」
ギルバート様に手を差し出され、私はそっとその手に自身の手を重ねた。
その瞬間だった――。
(……っ!?)
ふらっと身体がよろめき、その場に転んでしまいそうになる。
「シェリル!?」
ギルバート様が慌てて抱き留めてくださったので大事には至らなかった。……だけど、何かがおかしい。
(別に、倒れるような理由はなかったのだけれど……)
体調も悪くはないし、高いヒールにも慣れている。ドレスの裾を踏んだわけでもない。……じゃあ、一体どうして?
(っつ!)
そんなことを想っていると、ほんの少しの頭痛を感じる。頭を押さえてしまえば、ギルバート様は「……本当に、大丈夫か?」と心配そうに私の顔を覗き込んでくださった。
だからこそ、私は出来る限りにっこりと笑って言った。
「――大丈夫ですよ」
と。
これからの結婚生活に抱く期待。
それを打ち砕くかのような頭痛に……私の心には、一抹の不安がよぎった。
まさか、これが前兆だったなんて。この時の私には想像もできなかったのだ。
【第二部:END】
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