第46話 何もできない、でも
アスキスの街はこじんまりとした街だ。けれど、旅人たちがよく訪れるため、宿泊施設や食事処などがたくさんある。どちらかと言えば、商売の街といったイメージだと思う。
アスキスの街に足をつければ、その独特の雰囲気に息を呑む。にぎやかな声にいろいろと思うことはあるけれど、とりあえずエリカを捜さないといけない。それだけは、わかる。
(……よし)
今の私はつばの広い帽子をかぶり、貴族であることを隠した風貌だった。そんな私の側にクレアとマリンがぴったりとついている。ロザリア様は私たちよりも少し先を歩いていた。なんでも、エリカの魔力の足跡を捜しているらしい。
「……うん、こっちですね」
そうおっしゃったロザリア様に続いて、私たちは歩く。エリカがどうしてアスキスの街に来たのかはよくわからない。もしかしたら、元々ここらへんで働くつもりだったのかもしれない。それならば、別にいいのだけれど。
ただ、エヴェラルド様とたった一人で向き合うのは止めた方が良いと思う。エヴェラルド様はエリカには手荒な真似をしないと思うけれど、やっぱり心配だもの。
「……シェリル様」
そんな風に思っていれば、不意にマリンが声をかけてきた。なので、私が「どうしたの?」とゆっくりと問いかければ、彼女は「……その、こんなこと、私が伝えていいかはわかりませんが……」と言って言葉を切る。どうやら、言いにくいことらしい。
それを悟りつつ、私は「聞かせて」とマリンの目を見てしっかりと告げる。そうすれば、彼女は「……エリカ様、多分、シェリル様と旦那様の挙式に、出席したかったのだと思います」と目を伏せて教えてくれた。
「……え?」
「よく、シェリル様のウェディングドレス姿はとてもきれいだろうなぁと、零していらっしゃいましたから」
「……そう、なの」
「だけど、自分が出席する権利はないとも、おっしゃっておりました」
マリンの何処となく寂しそうなその言葉に、私は胸がぎゅうっと締め付けられたような気がした。
正直なところ、エリカにならば挙式に出席してもらっても構わない……というか、むしろ出席してほしいと思う。
「……シェリル様の立場を奪い続けていた自分が、お祝いするなんてダメだと」
「そう、思っていてくれたのね」
先に歩くロザリア様の背に視線を向けながら、私はそう零していた。
「……シェリル様」
「挙式の出席に関しては、私じゃ同行できる問題じゃないわ。……けれど」
多分、今のギルバート様ならば特に問題ないとおっしゃってくれるような気がした。そういう意味を込めてマリンに視線を向ければ、彼女は「……そう、ですよね」とにっこりと笑って言ってくれる。
「そのためにはまず、エリカとお話をしなくちゃ」
私がそう言ってにっこりと笑えば、マリンもクレアも頷いてくれる。……よし、しっかりとするのよ、私。
そう思いつつ私が足を進めていれば、ふとロザリア様が足を止めたのが視界に入った。そのため、私はそちらにかけていく。ロザリア様の視線は、たった一点を真剣に見つめていた。
「……あそこ、ですね」
そして、ロザリア様はそうおっしゃってとある一点を指さす。そこにはエリカ……ではなく、エヴェラルド様がいらっしゃった。彼の側には誰か別の人間がいるらしく、多分その人物がエリカなのだろう。
(何を話しているのか、ここからじゃ聞こえないわね……)
遠すぎて、二人が何を話しているのかがこれっぽっちもわからない。だけど、盗み聞きもできれば避けたい。……正々堂々突っ込むのも、この場合は好ましくはない。
「……少し近づいて、様子を窺いましょうか」
そんな私のためらいを感じ取ってか、ロザリア様がにっこりと笑ってそう提案してくれた。だから、私はこくんと首を縦に振って物陰に隠れつつエヴェラルド様の方に向かう。
「……来て、くれたんだね」
少し近づくと、エヴェラルド様のうっとりとしたような声が聞こえてきた。その声に含まれている感情は恋慕や好意などがほとんどのように聞き取れる。……やっぱり、お話の相手はエリカなのだろう。
「いつ見ても、エリカはきれいだね。……まるで、天使のような愛らしさだ。髪の毛を切っても、素晴らしいよ」
エヴェラルド様のそのお言葉には、仄かな狂気が宿っているようにも感じられた。
それに対して、エヴェラルド様が話しかける人物は「ふざけないで」と力強く言う。その声は、やはりというべきかエリカのものだった。
「エヴェラルド様。私、貴方のこと気持ち悪いと思っているわ」
つんと澄ましたような声だった。エリカは、明らかに怒っていた。
「だからね、私、貴方のことをこっぴどく振りに来たのよ。……あんな狂気的なラブレターをどうも、ありがとうございましたってね」
力強い言葉。でも、何処となく震えているのが言葉の節々から伝わってくる。その言葉に私の胸がきゅうっと締め付けられてしまう。……助けに行きたい。そう思うけれど、今乱入するのは逆効果だとわかっていた。
そのため、私はすぐに助けに行ける距離でそっと二人の様子を窺うことしか、出来なかった。
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